「ジャンル」は最早そんなに重要ではないという話


 ネット上で小説書き同士が作品公開したり、交流したりできるSNS、dNoVeLsさんにここ最近頻繁に寄せさせていただいてますが。
http://www.dnovels.net/


 現在こちらのサイトは、「学園」「ホラー」「短編」などのジャンルのどれか一つを設定して、そこに作品を投稿するという形で作られています。
 ところが――ここ一年あまり、ニコニコ動画やpixivなどで、ユーザーがタグを設定できるようなインターフェースに慣れているためか、この形式にすごく不便さを感じる気がします。
 そう思うのは私だけではないようで、私が特に提言しなくとも、管理人さんの開発予定にこの「ユーザーが編集できるタグ(と、それによって作品を分類・検索する機能)」が入っているようです。


 ところで、この「ユーザー」がタグを編集する機能がニコニコなどに採用され、市民権を得ている状況ってけっこう示唆的だよなぁと思ったりします。
 多分、今はもう、固定されたジャンルで作品を管理するっていうやり方が、通じなくなりつつあるんだろうなぁと。


 私は小説分野の人間なので、小説を例に挙げます。
 現在、エンタメ小説のジャンルとして一番活気があるのは、異論もあるでしょうがとりあえずはライトノベルなのかなと思います。
 ところで、その前に主流としてエンタメ小説で幅を利かせていたジャンル――今から十年くらい前に活発だったのは、間違いなくミステリー小説のジャンルでした。私は正に、ミステリー小説の(それも特に「新本格」と呼ばれるジャンルの)活況のただ中で大学時代を送っていました。
 ミステリーブームが沈静化して、代わってライトノベルが主流になってきた。傍流な流れはあれど、とりあえずジャンルの活況という点ではそんなに間違ってない認識だろうと私は思っているわけですが。
 ミステリーとライトノベルって、ジャンル名として並べてみると、根本的に指しているものの層が違うのです。


 ミステリー小説というのは、まあ要するに謎解き小説の事ですよね。社会派や新本格倒叙、殺人事件が起こるものも起こらないものも色々ありますが、「謎が提示され、それが解決される小説」としては一つのまとまりがあります。だからこそジャンルとして一つにまとめられています。
 SFというのもそうで、これは架空の科学的技術が話のメインの展開もしくは設定になっている小説を指すジャンル名です。ホラーは読者を怖がらせるために趣向が凝らされた小説、恋愛小説は作中人物の恋愛を主題とした小説。
 ……というように、普通ジャンル名というのは、その小説がどういう主題・目的で書かれたものかをある程度指し示すものです。
 ところが、ライトノベル、というジャンル名はそうじゃない。ライトノベルというジャンルで括られている作品の中には、冒険活劇もあり、ミステリーもあり、SFもあり、かと思えばそういった超自然の要素やSF的技術が一切入り込まないラブコメもある。
 美少女がたくさん出てくる? けれど、たとえば以前電撃文庫で出ていた『Hyper Hybrid Organization』とかほとんど登場人物男だらけの渋い話でしたし。また女性向けのライトノベルレーベルでは、むしろ男ばっかりの逆ハーレム状態でしょう。
 アニメ調の表紙と挿絵がついている? なるほどそれは一理ありますが、(後でもう一回名前を出しますが)笠井潔という人が、ヴァンパイヤー戦争という大昔に書いた小説に、後からType Moon武内崇に表紙を描いてもらって講談社文庫で再刊行するという事をやらかした事があります。アニメ調の絵というのがライトノベルを規定する条件なら、この作品もライトノベルだという話になってきますが、中身はふた昔くらい前のデロデロにハードな展開だそうです。こういう事例を見るとちょっと怪しくなってきます。


 この手のライトノベル定義論争ってのはちょっと前に結構盛り上がったものですが(今もやってる人達いるかしら)、結局は「ライトノベルレーベルから発売されるのがライトノベル」という話に落ち着くケースが大半だったように記憶しています。
 これは今となっては、こう言い換えた方が理解しやすいでしょう。
ライトノベルというのは、ニコニコ動画やpixivと同じ、場の名前に過ぎない」と。
 場の名前でしかないので、内容は規定しないわけです。だから、ライトノベルの中にはミステリーをやってるものもあるし、硬派なSFのガジェットを積んだ作品もあるし、ファンタジーもある。そしてそれらが一律に、ただ「面白いかどうか」だけで評価されている。
 漫画も似たような状態かも知れないですね。あれだけの作品数があるのに、内容による分類って実質あんまりされてなくて、大きな書店に行っても出版社ごととか、掲載雑誌ごと、もしくは少年誌青年誌少女誌みたいに、ものすごく大雑把にしか分けられてないじゃないですか。
 つまり、我々はここ十数年、作品を内容によって分類して「ジャンル」として立てるという事を、どんどんやらなくなって来てる。


 私は小説の分野において、ちょうどその境目を経験してきたのかな、と最近思うわけです。
 先ほど名前を挙げた笠井潔という作家さんは、新本格ミステリというジャンルにおいてすごく有名で、また権威をもった人でした。彼自身が出来のいい作品をものしており、また評論も出来た論客だったので、彼がミステリーの賞で評価したり、著作で評価したりという事で新人のミステリー作家も認められたりという形で「ミステリー文壇の重鎮」的な立場にいた。
 ところが、ある時期を境に、ミステリー業界全体の読者が減ってきたんですね。若い人たちは、たとえばちょうどその頃急速に有名になりつつあった、TypeMoonの作品とかを盛んに話題にしていた。
 そこで――笠井潔講談社の雑誌なんかを巻き込んで、「新伝奇ムーブメント」なる新しいジャンルを立てようとしました。その代表的な作品として、奈須きのこの『空の境界』を講談社ノベルスで出させて、自分がそこに、非常に長い解説を書いて評価してみせた。
 さらに、上で書いたように、自分の過去の伝奇っぽい作品を、武内崇に挿絵を描かせて再刊行させました。そういう形で、新本格で盛り上がった動きをもう一度やろうとしたんですね。


 ところが。この動きは頓挫しました。今、「新伝奇」なんて言葉、ほとんどどこでも聞かなくなってしまった。
 作家がコケたわけじゃありません。奈須きのこは今でも現役で働いてますし、人気もそれなりにある。
 また、伝奇っぽい設定で作品を書いているエンタメ作家なんて腐るほどいます。そういった作家たちが結集すれば、一つのジャンルを形成するくらい可能だったはずです。それなのに、そうはならなかった。何故、「新伝奇」という新しいジャンルは立ち上がらなかったのでしょう。
 恐らく、笠井がエンタメ全体の流れを読み違えていたという事だろうと思います。「ジャンル」単位で盛り上げるという形は、若い読者たちはもう支持しなくなっていた。


 もちろん、見たい作品に辿りつくために、「タグ」という形で仮初に作品の内容を表す表示をつけることは、上記のサイトでもされています。
 しかし重要なのは、この「タグ」は流動的で、いつでも変更可能だということです。複数のジャンルに同時に属したり、その作品を表すもっと良い言葉があればそちらに切り替わったり。
 そしてそうした場であるがゆえに、「権威的な存在」も生まれない。
 たとえば、新作が出るたびに高PVを叩き出す作者がニコニコ動画にいたとする。そういう人は、例えば同じタグをつけた動画を投稿している人たちから「大御所」的に言われる事はある。
 けど、その「大御所」が他の動画製作者を評価して、見出して、その結果その大御所が特定の「権威」となっていく、というような状況は生まれない。評価するのは常にPV数や、不特定多数のコメントです。
 たぶん、そうした動画製作者同士で顔を合わせても、初対面同士のただのオフ会にしかならない。


 ニコニコ動画に「文壇」は発生しない。
 仮にそうした場を無理やり設けても、結局は匿名の人間が己の好悪を語り合う、2ちゃんねる的なただの掲示板にしかならない。そりゃそうです、互いが互いの事を、作品でしか知らない関係同士では、権威なんか発生しないのです。


 そうした状況の良し悪しは、私は一概に評価する裁量を持ちません。
 ただ個人的な事を言えば、そういう場の方が居心地は良い。
 コネクションだの何だの関係なく、ただ作品の出来不出来だけで評価される場があるなら、その方が文章書き私にとっては嬉しいし、楽しい。
 私がミクシィの日記で、ニコニコ動画やpixivの小説版が欲しいと書いたのもそのためです。


 というわけで何が言いたいかというと、もっとそういう風になれば良いよね、っていう話でした。