街道をゆく 8


街道をゆく (8) (朝日文芸文庫)

街道をゆく (8) (朝日文芸文庫)


 定期的に読みたくなる、私の癒し系『街道をゆく』シリーズ。


 もう本当、文体が良い。物腰が柔らかで、けど筋は通ってる感じといいますか。司馬氏が人物を描写すると、その人のかすかな愛嬌みたいな部分を巧みに掬い上げて描いてくれるんで、そこが本当に良い。オーバーに言えば、「人間ってかわいいなぁ」って思わせてくれるんですね。私がこのシリーズを「癒し系」って呼んでるのは、正にこの点のため。


 特にかわいいのが、挿絵のために旅に同行している須田画伯です。60過ぎのストイックな男性なんですが、もうね、そこらのアニメ美少女なんか目じゃないくらい萌えるぜ?(えぇ


 道元を尊崇してて、絵の事しか分からなくてっていう人なんですけどね。絵描きとしてはすごい人なんです(私は絵の良し悪しはあんまり分からないけど)。
 豊後・日田街道の冒頭、移動中の飛行機にて、添乗員さんが風船を配っているのを見ます。銀色で、飛行機の形にふくらむ風船です。
 で。

 須田さんはそれをみていて、自分も欲しくなった。私が気づいたときはもう腰を浮かしてしまっていて、しかし本来内気のために対人接触のむずかしいこの人は、声も出せずに、手付きだけで――ちょうど狐が草むらから通りがかった庄屋をさしまねいているように――それをくりかえすだけでスチュワーデスに発見されるまで待っていた。
 やがて、大柄で目の大きいスチュワーデスがやってきて、通路からかがみこむように須田さんの用件をきこうとした。私は目をつぶって眠ろうと努力していた。須田さんは武州なまりで、自分も「ああゆなんが欲しいんです」と、すがりつくようにスチュワーデスに言っているのが、目をつぶっていてもよくわかった。彼女はやがて須田さんのいう「ああゆなん」が風船であることがわかると、
「大人の方は、だめなんでございます」
 と、気の毒そうに、しかし愛想よく言ってきかせた。それが規定であるらしい。(中略)須田さんは、すぐあきらめた。しかし薄目をあけて須田さんの横顔をみると、正直なほどに悲しげだった。


 あーもう!!(笑)
 本当に子供そのままなんですね。画才以外の部分は、本当に子供のまま来ちゃった人らしく。その言動がいちいち私の妙なツボにハマりまくるんですよ。もう。
 いつも思うんだけど、こういう人がきちんと食っていける社会であるってのは、良い世の中だって事だよねと思います。文化の豊かさって、詰まるところそういう事なんじゃないかと思うくらいに。
 とにかく、私、このシリーズで描写される須田画伯の大ファンなんです(笑)。


 さて、本編の方ですが、熊野・古座街道、豊後・日田街道、大和丹生川街道、そして種子島街道と続きます。
 一番面白かったのは種子島の記事でしょうか。今、大半の人にとって「種子島」って言われても、離島だ、鉄砲が伝来したところだ、種子島宇宙センターがあるところだ、くらいしかイメージとして湧かないと思うのですが。
 実はそれなりに米が獲れるため、古代から朝廷に一目おかれていた地域で。また砂鉄が大量に取れるため製鉄も盛んだったらしい。もしかしたら日本でも特に早い時期に製鉄が始まった場所である可能性もあるかも? という事が述べられています。最新の研究だとどうだか分かりませんが、いずれにせよ、少なくとも鉄砲伝来の時点で、製鉄の技術力はかなり持ってた地域である事は確からしい。
 この辺は素直に目からウロコというか、かなり面白く読みました。


 うん、やっぱり司馬氏の文章は、こういう歴史を語る部分が特に面白いなと感じます。
 前半の熊野、豊後、吉野に関しての文章はどちらかというと農村形態や、民家の形などに言及がなされているんですけど、私の方にそれを噛み砕く素養がないせいか、微妙にピンと来てないような。
 うーん、民俗学が好きだとか普段放言している私ですが、口ほどにもないって事なんですかね、この辺。いずれ素養がないってのは悔しい事ですが。
 でもやっぱりなんだかんだで、司馬氏も戦国武将とか明治の維新志士とかの話してる時が一番輝いてる気もするんだな(笑)。
 そんな感じ。ともあれ、十分に堪能しました。
 また、半年から一年後くらいに手に取るのかなって感じです。