お・り・が・み 天の門


お・り・が・み 天の門 (角川スニーカー文庫)

お・り・が・み 天の門 (角川スニーカー文庫)


 序盤のノリが、ものすごくテンポが良くて、大変楽しゅうございました。
 この作品も非常にゲームっぽい設定が濃くて、主要人物の一人は「レベル19の勇者」とかなんだけど、その辺への自家ツッコミも織り交ぜつつ、とにかく早い展開と軽妙なコントでストレス無く先へ進ませてくれる感じ。


 キャラもそれぞれ立っていて中盤まで非常に面白かったのですが、ラストバトルだけは、それまで説明不足だった敵側「神殿教会」の内部事情とか、魔法の大まかな仕組みとかが説明不足なまま盛り上がるだけ盛り上がってしまって、なんかおいてけぼりな感じが少ししてしまったり。ラスボスな人とか、一瞬誰だか思い出せなかったものなぁ。


 まぁでも、全体的には非常に雰囲気が好きだったかも。やっぱり中盤までの各キャラのかけあいがポイント高いな、という感じ。
 今後の展開的にどんどん私の好きな大河ロマン的に設定や世界が広がっていくらしいので。これも続刊を読んでみようかなと試案中なのでした。




 それにしても。今回、私と一緒に賞に出した友人の作品とかもそうだったのだけれども、人物の作り方が非常にゲーム的で、「レベルいくつ」とかいう風にその人の強さ、能力の強さを端的にレベルで表示してしまうっていうのが、ああ最近の作品だなぁ、っていう感じを受けたりしました。
 要するに、RPGのステータス画面的なやり方で人物を把握するっていうのか、そういう人間把握に違和感を感じない世代ってことなんでしょうねぇ。我々。スパロボのステータス画面でも可だけれども。
 もちろん、どちらの作品もかなり自覚的にゲームっぽい設定でやっているのですが、それにしても傾向として、そこに違和感を感じなくなりつつはあるかな、という感じ。
 こういう事をやり始めた嚆矢はっていうと、フォーチュンクエストあたりになるのかしら。深沢美潮先生あたりがやっていた事なんでしょうが、あの頃はまだパロディだったんですけどね。最近はそれでシリアスをやるのにも抵抗がなくなりつつあるというか。


 こういうのを読んで育った世代は、よりそういう傾向を強めるのだろうなっていう気がするし。現実の人間も、なんかそんな風にステータス画面的に理解するようになりそうな気が何となくするのでした。
 誰だったかがネット上で言ってたけど、RPGに「経験値」というのがあるのは、実際にゲームをしてプレイヤーが何も「経験」しないからこそ、擬似的にそういう値を作らざるを得なかったのだ、という指摘に私はなるほどと頷いたわけで。
 けど現実でも、経験を得るのをRPGの経験値溜めと同じ発想で考えるように段々なっていったりね、そういう事になって行くのかなぁ、というような。


 まぁ、何となくそんなことを考えていました。