鈴木敏夫氏について

 「宮崎アニメ」というのを現象として考えると、宮崎駿という人と、鈴木敏夫という人と、双方を考えなくてはならない気がします。『ゲド戦記』という作品(興行収入は「そこそこ」レベルではなかったでしょう)をどう考えるのかというのもありますよね。


 前回の記事に、囚人022さんからこんなコメントをいただいたわけで。
 私個人は、宮崎駿の発言などは多く目を通してきました、というか熱心に追いかけてきたわけですが、一方で鈴木プロデューサーにはあまり注意を払って来ませんでした。
 まあそんなわけで、見当違いの事を書くかも知れませんが、一応私の中の鈴木プロデューサーの印象を適当に。


 まぁ、何と言うか、評価しないわけにはいかないだろ、というのが率直な感想。
 創作家宮崎駿は、宮崎駿個人でも立っていられたとは思いますが、スタジオジブリという組織は、それはつまりアニメ監督宮崎駿は、鈴木プロデューサー無しでは今日まで成り立ってなかったのでしょうし。
 プロとして作品を作っていくなら、その作品は売れなければいけません。自分一人だけでなく、組織に属する全ての人の食い扶持を稼ぎ、なおかつ会社として利益も出さねばなりません。
 そのように商品としての作品を作る上では、作家個人ではどうしても限界があります。マーケティングを行い、時代に合わせて売れる要素を作品に込めて行くプロデューサーという役割(小説家にとっては編集者)は絶対に必要になってきます。
 あえて言えば――そのようなマーケティング的な営為、作家に、売れる要素を入れるよう注文を出すというような行為を、「純粋な創作活動に不純物を入れる行為」というように捉えて、端的に悪い事であると考えるようなのは、それは中学生レベルの認識です。
 プロとして作品を出していくという事は、多くの人が関わって初めて可能な事ですから、当然作家個人のものではなく、流通や営業に関わった人たちも含めた、全ての人たちのものであり。そうした彼らに報酬を返すためにも、やはり「どうしたらより売れるのか」という追求をせざるをえません。作品的なテーマや、作家として作品でやりたい事だけでは成り立たない。
 無論一方で、その作家の作家性を引き出さなければ、没個性のままでは売れないという側面もあります。
 従って、プロデューサーは「いかにその作家の作家性を殺さずに、なおかつ売れる要素を作品に引き入れてヒットさせるか」を追求し、作家は「商業的に、マーケティング的に求められる制約の中で、なおどれだけ自分のやりたい事をやるか」を考える。その両輪の中で作品が出来上がっていくというのが、商業作品というものの基本的な形だと思います。
(といっても、私はそうしたマーケティング的なものを全面的に支持しているわけでもありませんが。特に現在、不況な状況下で、作品に対する「ヒットしなければいけない」というバイアスはどんどん強くなって来ています。結果として「マーケティング」の部分が肥大化して、作家がやりたい事が相対的にどんどん出来なくなっていく。かつては、採算度外視の小規模なお遊びみたいな企画を通す余裕があったし、そうしたところから才能ある新人や、新しい可能性も見えたりしたけれど、今はそういう余裕もない。
 結果、たとえばニコニコ動画みたいなところに、プロ級の技術を持った人が現れて遊び始めたり、同人に流れたりする。私が今一番尊敬している東方のZUN氏のような人が、自作品を商業化する事を極度に制限して、同人だから出来る事を追求したりしてる。創作とは、余裕がなければどんどん矮小化していくものですから)


 前置きと脱線が長くなりましたが。
 ともあれ、商業における作品とはそういうものであり、プロデューサーとはそこを調整する仕事なわけです。そう考えると、鈴木敏夫氏のやった仕事っていうのは、やっぱりとりあえず大したものだと。
 邦画興行収入の記録を更新するような「大ヒット」と、ベルリン映画祭で金獅子賞を受賞できるような「作家性・作品性」とを両立させた、両立できるだけの調整をしてのけたわけですから。
 鈴木プロデューサーについて、その細かい方針ややり方に違和感や批判を唱えるにしても、とりあえずこの功績を認めてからでないと話にならない。


 たとえば、『紅の豚』の後に作る長編をどうするかについて、二つ候補が挙がっていたという話があります。ひとつは『もののけ姫』、そしてもう一つは『毛虫のボロ』という作品だったそうです。
 この『毛虫のボロ』は、毛虫が街路樹の一本から、隣の街路樹にただ移動するだけという話。そんな些細な事も、ワクワクする冒険に出来るんだよという趣旨の話だったそうです。
 いかにも宮崎監督らしいプロットです(笑)。で、この二つの候補を見て、鈴木プロデューサーは『もののけ姫』を熱烈に支持するんですね。理由は、「宮崎監督が、体力的にアクションを作れるのはこれが最後かも知れない」からだったそうですが。
 少なくとも興行的な視点から見て、この鈴木プロデューサーの選択は大成功だったと言えるでしょう。前回のエントリーで書いたように、この『もののけ姫』によって宮崎駿作品が「家族づれで見られるアニメ作品」でありなおかつ「テーマ性などから現代を考えるのにも有効な立派な映画作品」でもあるという形を確立し、子供づれだけでなく老若男女ほぼすべての幅広い層に足を運ばせる作品イメージをその後十年以上に渡って形成する事に成功したわけです。
 それはもちろん、映画業界にも多大な益をもたらしましたし、また海外でも大きく扱われる事で、日本発の創作作品の存在感を高める役割も果たしました。


 もしここで、『毛虫のボロ』が作られていたらどうなったでしょうか。
 その後の大作は作られず、今ごろ宮崎監督は三鷹の森ジブリ美術館で短編映画を作ってるだけの、ただの「アニメおじさん」になってたかも知れません。
 まあ、宮崎監督個人にとっては、その方が幸福だった可能性もありますが、それは何とも言えませんが……。


 と、ここまで書いたように、鈴木プロデューサーの業績というのは多大であったと言わないわけにはいかない。
 そこを評価せずに、ただ細かい所を非難しているだけの言説は、私にとっては単に「難癖」以上として読むことができない。


 しかしもちろん、ただ偉大であったというだけではありません。少なくとも私自身、彼の方針について違和感を感じないでもない。
 まあ、一番に来るのはやっぱり、上で囚人022さんも挙げている『ゲド戦記』の問題ですが。
 私は『ゲド戦記』は見ていないんだけれども。


世界一早い「ゲド戦記」インタビュー
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/ghibli/cnt_interview_20051226.htm


 ググったら出てきたので読んでみたけど、これ、端的に酷い話だと思う(笑)。特に吾朗氏が監督になるまでの経緯が。
 もちろんこの記事、興行に都合の悪い事は言ってないはずなんですよ。むしろ「この映画を見に行こう」と思わせなきゃいけない記事のはずなのに、不安の方が読んでて大きくなっていくw


 上記インタビューで、吾朗監督が美術館設計を、建築の知識なしにやってしまったからアニメ映画も出来るだろう的な事を鈴木プロデューサーは言っていますが、まあ確かに見よう見まねの、形としてはまとめることは出来た。けど、見よう見まねだけで、監督業の内実まで埋める事は出来ない。鈴木氏はそれくらい分かってたはずだと思う。
 宮崎駿のアニメ制作の技術力は高い。けれどそれは天性で備わってた才能だけではなく、ハイジ作ったり未来少年コナン作ったり、そういう形で技術を蓄積してたからこそナウシカ以降の作品がある。そこをすっ飛ばして、一体どれほどの作品が作れるものか。
 私は未見なのでなんとも言えませんが。それでも世間の風評を聞く限り、結局そういう事だったのかなとは思う。


ゲド戦記』の制作、宣伝を通じて一番ひどいところは、多分「宮崎駿の絵柄」で作った事でしょう。私はそう思っています。
猫の恩返し』のように、絵柄を変えることも出来たはずだし、それが誠実だったはずなんですよ。まったく経験のない人間にアニメの監督をさせた、出来は宮崎駿の作品とは違うものになる。
 けれど結局、『ゲド戦記』はぱっと絵柄を見るだけでは、まるで宮崎駿作品であるかのように作られた。そしてテーマ性を全面に広告や雑誌特集なども組まれた、まるで宮崎作品であるかのように。吾朗監督が宮崎駿の息子だからと、まるでもう一人の宮崎駿監督であるかのように扱っていたわけです。
もののけ姫』以来の、ジブリ作品のイメージ、ヒットの構図は生きています。『ゲド戦記』は監督だけを未経験の素人に入れ替えて、それ以外はまったくこの構図に当てはめられるようにデザインされ、宣伝されました。そして現に、お客さんがたくさん入ってしまった。
 結果として、『ゲド戦記』は、宮崎吾朗初監督作品ではなく、「宮崎駿作品のフェイク」になってしまった。ジブリというブランドを信用する人たちに対する、壮大な詐術になってしまったと言わざるを得ない。


 企業「スタジオジブリ」としては、『千と千尋』や『ハウル』が大いに売れた以上、その次の作品も相応にヒットしてくれなければ困る。そういう事情はあった。
 そして鈴木プロデューサーのマーケティング手法は、『ゲド戦記』によってそれを成功させました。
 けど結果として、プロデューサーという仕事の一番醜い部分を、思い切り晒しちゃったとも言える。原作者ル・グィン宮崎駿宮崎吾朗、そして見に行った観客、そのすべてに対して思い切り不誠実な事をした。


 作家の意思や創作意欲というものは、その個人の中にしかない、実体のないものです。
 一方で、企業体というのは厳然としてある。プロデューサーはその両者を仲介する。
 両者の間を上手くコントロールして、調整できているうちはいい。けれど作家個人は移り気であったり、あるいは年を取って行ったりする。一方で企業は衰退を許されず、成長を求め続ける。
 そのうちいつか、企業の都合が、作家を踏みにじる事もある。
 そういう局面で、鈴木敏夫という人は、もう少し上手く動けなかったものだろうか。


 まあ私は結局、公開前からこの気まずい不誠実さが透けて見えていたので、見に行かなかったのですが。
 私の好きだったスタジオジブリに汚点がついてしまったのは、悲しかったなぁと。


 以上が、私にとっての「鈴木敏夫氏のイメージ」です。