図鑑の博物誌



 去年、神保町の古本まつりで買った1冊。
 高校時代以来、しばらく離れていた荒俣宏が、最近ちょっとまた面白く感じ始めたので。
 で、荒俣宏といえば、博物図鑑コレクターとしても名高い人です。それはもう、あれだけ膨大な著作を書いたのもひとえに図鑑を買うためだったという人ですから。
 その荒俣氏が、自身のコレクションを開陳しながら博物図鑑の歴史やトリビアをこれでもかと詰め込んだのがこの本。
 まず何よりも、美麗な博物図譜がカラーで収録されているのが嬉しいです。眺めているだけで心楽しく、何度も繰り返しカラーページを繰りながら読み進めました。それらを並べて語る荒俣氏も大変楽しそうで。やっぱりこういうのは、好きな人が楽しそうに語るのに如くはありませんね(笑)。
 私の中に、ここで語られている知識とつながるものはあまりなかったのですが、まぁでも、楽しかったから良いや。それに、知識がムダになる事を恐れるような者には、良き読書生活は訪れないものです(本当かよ


 あ、でも一つだけ気になったことがありました。19世紀にゴッスという人が、イソギンチャクなど海中の生物と情景を描いた博物図譜が出るまで、西洋では海中を描いた絵というのがほぼ皆無だったという話で、これは非常に意外でかつ面白かったかも。魚の図鑑なんかも、ほとんど陸に寝かせた状態の絵が描かれているそうです。中にはあたかも陸の上を泳いでるように見える絵まであるとか。
日本は海洋民族文化が濃厚で、海女さんなんかが海に潜ったりしてたでしょうから海中の情景というのも結構知れていたでしょうが、西欧ではそうでもなかったのかどうか。この辺はヨーロッパの民俗を知らないと何とも言えませんが……。
 日本だと、山幸海幸の神話なんかもあって、海中世界というのも結構昔からなじみ深い印象がありますが、西洋ではそうでもないのかしらん。確かにギリシャ神話とかで海中を舞台にしたものってあんまり思いつかないかも……あ、でも、人魚姫ってのはあるか。
 んー。どうなんでしょうね。


 ちなみにこの本、単行本から文庫に収録される際に、日本の博物図譜編が新たに加筆されたそうです。そこで、非常に面白い示唆を得ました。
 西洋の博物図譜というのは、現地で剥製にしたのを元に描くので、言わば最初から死んでる生物を描いてる。一方日本では、生き物を生きているそのままの姿で描くわけで、西洋人は最初にそれを見た時たいそう驚いたのだそうです。川の中を泳いでいる魚の絵なんて、西洋人には考えられなかったというんですね。
 こういう文化風土の違いの指摘というのは非常に興味深く。いわば日本の絵の性質というのは当初から動的というか、アニメ的であったわけです。なら、日本で漫画やアニメがこれだけ隆盛した理由の一端はそういうところにもあるのかもしれないな、とかね。
 ……まぁもっとも、アニメーション技術を最初に確立したのはアメリカとかだったんでしょうけど。ついでに言えば、生物を生きたまま描く日本の花鳥画も元をたどれば中国などの技法から発展したものでしょうし。簡単に日本固有の文化と断じるわけにはいきませんけどね。


 単純で分かりやすい構図にすぐ飛びつきたくなるのを、ぐっとこらえて色々検証してみるのも論者のこころがけ。
 まあでも、そういう示唆を得た事は非常に収穫でした。
 また細かいところで、江戸や京都はもちろんの事ながら、名古屋にも博物学の大きな文化圏があったというのも知らなかった事で、なかなか面白く。今までの私の関心圏では名古屋はほぼノーマークだからなぁ。まぁ、マークしたところでタカが知れているとはいえ。
 あとは、平賀源内が大枚叩いて入手した植物図譜は、ヨーロッパの植木商がカタログを兼ねて作った博物図譜だったのだそうです。もちろん、半分カタログとはいえ、技術的には純粋な博物図譜にも遜色ない代物だったそうですが。


 そんなこんなで。いやいや、なかなか楽しく読む事が出来た1冊でありました。やっぱ荒俣氏はすごいなぁ……。機会があったらまた何か読んでみようかしらん。