酒呑童子の誕生


酒呑童子の誕生―もうひとつの日本文化 (中公文庫BIBLIO)

酒呑童子の誕生―もうひとつの日本文化 (中公文庫BIBLIO)


 中公文庫の一括復刊で並んでいたのを見つけて、衝動買いした本。
 酒呑童子の説話は有名で、私もこれ系の本の中で何度かお目にかかった事がありますが、目次を見てなかなか面白そうだったのでつい買ってしまいました。
酒呑童子と四角四堺祭」「酒呑童子と斉天大聖」「酒呑童子伝説と聖徳太子伝説」「酒呑童子と竜宮城」と、これだけのお膳立てが並んでいて、ワクワクしないわけがない。



 で、実際に読んでみて、これは非常に面白い本でした。
 引用文献が幅広く、歴史書から貴族の日記から、中国の説話文学から近年の民俗学歴史学等の本まで様々な書籍が引かれており、それが好印象。つまり、たまさか酒呑童子伝説の登場人物や、その時代周辺だけを適当に漁ったというだけでなく、もっと広い射程と、多くのアプローチ方法を持っているということ。
 確かに、酒呑童子説話成立について、史実として大江山への盗賊狩りがあったからそれが元になったのだろう、というだけで済ませてしまうのでは、この伝説の様々な要素を説明しきれないだろうと言うのには同意できますし。
 そこから、朝廷の儀礼陰陽道の概念、当時の習俗から、渡来した中国説話文学、登場する神仏の背景、登場人物渡辺綱が属していた渡辺党という武士団の立場などなど、一つの説話の中に様々な要素がからみあっている事を、解きほぐすように述べていく流れは、なかなか楽しいものでした。


 ただ、読んでいて若干の飛躍や、論述の不足を感じる場合もいささかありました。論拠一つで結論に行ってしまったりして、しかもその論拠が私の感覚では状況証拠くらいなんですけども、構わずにどんどん結論に行ってしまったり。
 著者は中世史のきちんとした研究者という事ですが、やっぱり日本のこういう本読んでいると、全般的に論証のハードルが低いような感じを受けてしまうのですよねぇ。分野が違うけど、フレイザー金枝篇なんかものすごい数の例証で自説を補強しているし。日本でも小松和彦先生の本なんかは、すごく慎重な議論をしようとしていると感じるのですが。


 結局、『宗像教授伝奇考』で宗像教授が言うように(笑)、


学問とは事実を積み重ねた先に結論を見出すものだ
先に思いつきのような結論があってそれを証明していこうとするのは
学問的な態度ではない


 という言明は、こういう趣味的な論考であってもやっぱり徹底された方が良いんだろうなと思ったりするのでした。
 まぁ、自戒も込めて。



 なんかクドクド書きましたが、着想そのものは非常に面白く、良い刺激になりました。
 こうした伝説関係に興味のある方なら、読んでみて損はないと思います。
 復刊本の類いはなくなるのも早いので、押さえるなら早めの方が良いかも。