Xへの手紙・私小説論


Xへの手紙・私小説論 (新潮文庫)

Xへの手紙・私小説論 (新潮文庫)


 なぜか唐突に小林秀雄。時々、全然関係ない分野の本を手に取りたくなるのです。特にここしばらく、いわゆる「古典」やそれに準ずる有名書を読みたい気分が高まっていたのでした。


 で、この本なのですが。
 予備知識なしに手に取ったので、評論集だと思っていたのですが、前半に収録されているのは小説でした。この人、小説も書いてたのかーとか、今さらな事に驚いてみたりするわけで。
 パッと読んだ感じ、志賀直哉っぽいテイストなのかなと適当に思ったりしたのですが、ただ個人的には、いまいちピンと来なくて。何というかこの人は、いかにも文学っぽい思索や情景描写を書こうとしてる時よりも、ふとした瞬間にぽろっと、日常の何気ない滑稽な一場面みたいなのを書いた時に一番味が出る気がするんです。冒頭の短編で、船の中で煙草を吸ってて、煙を吐いたらちょうと船のエンジンの振動で、思いがけなく輪の形になってポッポッポと勢いよく噴き出た、とか書いてるのが可愛い(笑)。


 そして後半ですが、これはもう、参ったとしか言いようのない読後感でした。私は小林秀雄がどのように受容されてきたのか、例によって知らないので本当に単なる感想ですけれども、とにかく言葉の使い方の巧みさが半端ではなく、ただ圧倒されました。ゲームのスーパープレイをギャラリーとして口開けたまま眺めてる、みたいな心境w


 「私小説論」も良かったのですが、何より「新人Xへ」がね、言葉選びや話の運びが巧みなだけでなく、後発世代を祝福応援しようという気持ちと、同時に奮起を促すべく挑発するところと、それがすんなり入ってきて、読んだ後しばらく嬉しくてニヤニヤが止まりませんでした。これは今、こんな時代にあえて小説を書いているすべての人は読んだ方が良い。絶対元気になれると思う。
 また、「表現について」もすごすぎて唸るしかない、という内容でした。以前『詩とはなにか』なんて本を読んだりした事もあったりして、詩って結局何なのか、詩を書くってどういう行為なのか、詩を鑑賞するってどんな風にすればよいのか、ずっと分からないままだったのですが。なんと、この小林秀雄の一文を読んで、その疑問が氷解したのですよ。素晴らしく明晰な説明で、完全に納得できました。こんな事ってあるんだ。これが批評家と言うものの実力だと言うなら、確かに偉いもんだなと。
 例によって、文意を損なわずに要約する自信が無いので、ここにはその内容は書きません。気になった方は買うべきですw
 他にも感心した文章は多々あったのですが、特に感銘を受けたのは上の二つの記事でした。


 そう、この人の文章は確かに、断定口調と気の利いた言い回しが適度に配されていて、いわば読み物として気持ちよく読め過ぎてしまうんで、かえって危ないのかなという疑念は読んでいて浮かばないでもなかったですが。そういう意味では、坂口安吾の「教祖の文学」の指摘も少しは分からなくもない。
 しかし、この人がただの修辞学の人だとも、実際文章に触れてみると、全然思えないのも確かでした。少なくとも小林秀雄は、小説の作者が執筆という孤独な作業を戦い抜いて作品を仕上げるのだという、その奮闘は必ず尊重しているように思える。それは彼が実作者でもあったからなのかな、などともこの本のお蔭で思う事ができました。
 いや、やっぱ、大したもんだ。もっと早く読んでおけばよかったと後悔した次第です(笑)。