数学の想像力



 カテゴリミスじゃないですよ? 人文書として読みました。
 数学は普遍性が強調されますが、しかし何をもって「正しい」と見なすか、という基準がいつの時代にも必ず共通とは限らないという視点から、数学に人文的なアプローチをした本。


 円周率をかなりの精度で求めるなど、高度な水準の数学を持っていた地域はヨーロッパ以外にも世界中あちこちにあって、また日本の和算なんかも西洋数学に比肩できるような成果が色々出たりしていましたが、しかし「証明」という手順こそが数学の正しさを担保する、としていたのは(つい最近まで)ヨーロッパだけでした。つまり、数学的事実は普遍だけれど、数学における「正しさ」の基準や観念は、実は地域や時代によって変わるものだったというわけです。
 これはやっぱり、重要な問題なのだろうなと。


 たとえば東洋医学では、経験的に「この薬を飲めばこの病気が治る」と分かっているなら、それで問題ないわけですが。西洋医学では「なぜこの薬が効くのか、どういう物質が何に作用するのか」が明らかにされてなければ、薬とは認めない、みたいなところがあるわけです。
 そういう、西洋科学的「正しさ」の起源をたどっていくと、ユークリッド幾何学なんかはやっぱりエポックだった可能性があって、個人的にそういう関心と絡めて、この本を読んでしました。


 本書が挙げた事例とは違いますが、それまで疑問に思わずに使っていたのに、19世紀末くらいになって急に「そういえば自然数や足し算の定義ってちゃんとやってなかったよな? 改めて定義してみようぜ」みたいな話(ペアノの公理)が出てくるわけです。私は『数学ガール』とかで読んだ時に、数学がより厳密になるために発想された自明の動きだと何となく思っていたのですが、実際には「今まで気にならなかった所に、根拠が必要な気がしてきた」という事で、実は「その時代の正しさの基準が変わっただけ」かもしれないと、そういう見方を提示されたわけです。なかなかこれが面白く。
 背理法の出自とか、ゼノンのパラドックスなどについても興味深い指摘がたびたびあって、なかなか楽しい読書でした。
 たまにこうして、思考の関節をはずすというか、常識と思ってたことを揺さぶってくれる本を読むのって、やっぱり楽しい。読書の醍醐味の一つだと思います。
 というわけで、わりとオススメ。ちょっと数学方面の知識はいりますが、逆に文系の視点で理系学問に逆襲できる糸口も提示しているので(笑)、数学をジンブンしたい人はトライしてみると良いのでは。