天国と地獄


天国と地獄 [DVD]

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 黒澤映画を引き続き。こちらは誘拐事件を扱った現代もの。
 まぁ映像センスはさすがで緊迫感ある展開が多いとはいえ、ストーリー自体は火曜サスペンス劇場とかにもありそうな刑事ものでありますから、親しみやすいとも言えるし、脚本部分で新味をどれくらい感じられるかな……とも思っていたのですが。
 同時にまた、視聴開始前にチラッとWikipediaで見て、カチッと構成された推理劇を作りたい的な意図で作られたという記述を見ていたので、それこそ以前見たヒッチコックの『ダイヤルMを廻せ』みたいな、推理パズルとしての噛みごたえを期待しても良いのかなと思ってそのつもりで見始めたわけですけれども……


 結果から言いますと、その辺の予想や危惧や期待が全部的外れで、想定していなかったあさっての方向にいきなり投げ飛ばされた気分になったのでした(笑)。
 最終的な落着点が、結局この犯人像そのものだったというわけで。ラスト、「そこで終わるの!?」という驚きと共に呆然とさせられたわけで、本当にもう、豪快な背負い投げを食らってしばらく身動きもできなかったような状態でした。
 この作品が俳優・山崎努出世作だそうですが、なるほどという感じ。あのラストシーンの演技は、思い返しても嘆息しか出ないものでした。そりゃ黒澤監督も気に入るよ。
 なぜ最後に被害者との面会を求めたのか、という問いに対する犯人の答えとその後のリアクション。自己顕示と自意識過剰の地獄で、三船敏郎演じる権藤にはまったく入り込む余地のない、自己完結した動機と身勝手さしかなくて、何て言っていいか分からないっていう。あれ、もう本当に怖いわけですよ。現実でもわりと頻繁に目にする怖さなだけに、ある意味ヒッチコックの『サイコ』より怖いかもしれない。


 怖いと言えば、仲代達也演じる刑事が、誘拐の刑罰の軽さに憤って犯人死刑にするべく動いてる辺りも今日的な人権感覚からすると怖さしか無いんですけど(笑)、まぁその辺は時代もありますので、多少割り引いて見ておりました。


 長らく映画というのをちゃんと見て来なかった人間で、役者の演技というものの良し悪しがまだまだ分からない身ではありますが、この作品はともかく、演技の凄みというのをまざまざと感じさせてくれた作品でありました。いや、すごかった。
 何だかんだで、ここまで見た黒澤映画の中でも、好きという意味では五指に入るかも知れない。