この10年間に読んだ本の中でオススメ書籍を10冊ほど

 当ブログを更新し続けてきた10年間、一時期を除いてほぼ休みなく読んだ本の感想を綴って来ました。現時点で実に384件。よくもまぁ、そんなに書いたもんです。
 そこで、ブログ10周年記念として、それら読書感想を書いた本の中から、現在の私が特におすすめするタイトルを10冊選んで紹介しようと、こういう趣旨でございます。


 私が感銘を受けたかどうかとは、これは別です。いくら私個人にとって面白くても、考古学の遺跡紹介本とか紹介してもあまり需要無いでしょうし。あくまで、広くいろんな人にオススメな本を選ぶことにします。普段あまり読書しない人でも比較的入りやすいタイトルを紹介しようというのが今回の趣旨であります。
 また、現時点で新刊として入手できない本も外します……実はこれが一番厳しい縛りかも知れない……(笑)。
 というわけで。ご用とお急ぎでない方は、ごゆるりとどうぞ。


アレクサンドロス大王東征記』上下 アッリアノス 岩波文庫

アレクサンドロス大王東征記〈上〉―付インド誌 (岩波文庫)

アレクサンドロス大王東征記〈上〉―付インド誌 (岩波文庫)

アレクサンドロス大王東征記〈下〉―付・インド誌 (岩波文庫)

アレクサンドロス大王東征記〈下〉―付・インド誌 (岩波文庫)

 最近やっている古典読みキャンペーンの中から、気楽に読めるものを選ぶとしたらこれ。
 紀元2世紀に書かれた書籍ですから古典なんですけど、小難しく身構える必要はなく、戦記エンタメ小説を読むようなノリでガンガン読めます。
 しかもすごいハイテンポで。本編開始から10ページほどで、既に小規模な戦いが二連戦終わっているという、進みのペースが半端じゃない(笑)。しかも展開が面白いので、本当にサクサク読めますよ。
 高台に陣取って大きい石を次々転がしてくる敵とか、難攻不落の城砦、またペルシアの大軍など、様々な難敵を相手に手を変え品を変え立ち向かうアレクサンドロス大王の雄姿。万単位の軍勢率いているのに、部下置いてきぼりにして自分だけ突っ走っちゃう事もしばしばという、よく戦場で生き残ったなぁこの大王、っていう呆れ気分にもさせてくれます(笑)。
 そして、アニメ化もされたTYPE MOONFate』シリーズのスピンアウト作品『Fate/zero』の元ネタとしても楽しいわけです。アニメの聖地巡礼があるように、原典巡礼だってあって良いと思うんだよね。



数学ガール フェルマーの最終定理結城浩 ソフトバンククリエイティブ

数学ガール/フェルマーの最終定理 (数学ガールシリーズ 2)

数学ガール/フェルマーの最終定理 (数学ガールシリーズ 2)

 「理系最強の萌え」を標榜する数学読み物シリーズ。
 それぞれ持ち味の違う三人の少女と「僕」が数学談義をする……というとヤワなようですが、語られる数学の内容は非常に硬派かつ深くて、結果として「読みやすさ」と「数学への理解」を両立させているという、こうでなくっちゃという素晴らしい出来のシリーズなのです。
 学校で学ぶ数学って、たいていの場合「答えは一つ」で、さらに解法も一つしか認められないケースが多いですが、本当はもっと自由な学問なんだよ、って事をていねいに描いてくれているという意味でも、他の数学読み物とは一線を画する内容です。一つの問題にもいろんなアプローチ法があるし、場合によっては次にどちらへ行きたいかを自分で決めても良い。そんな数学があるんだなと、感心して読んだわけでした。
 紹介した『フェルマーの最終定理』はシリーズ2作目。1作目も分かりやすく面白いのですが、純粋な文系だとそれでも出てくる数式にちょっと拒否反応出ないかなというおせっかい(笑)。この2作目は整数論の話が中心なので、より取っつきやすいかと思います。少なくとも私がこのシリーズに本格的にのめり込んだのはこの2作目からでした。
 あと、筆者は3人の中ではユーリが一番好きです(真顔



初音ミクはなぜ世界を変えたのか』柴那典 太田出版

初音ミクはなぜ世界を変えたのか?

初音ミクはなぜ世界を変えたのか?

 今や押しも押されぬ電子の歌姫、VOCALOID初音ミク」の登場から現在までを広い視野でつづったルポ。大変面白い本でした。
 ボカロの爆発的拡散に寄与したのは無論ニコニコ動画ですが、本書はボカロをインターネット上の特殊な文化という風に狭く切らずに、それ以前からあった音楽シーンの流れとか、あるいはDTMなどのパソコンを使った音楽制作の前史にまで目配りをして、VOCALOID音楽史の中にきっちり位置づけようとしているところに好感を持ったわけです。
 単に「ボカロをフラットに紹介・評価した本として良い内容」だというだけじゃなくて、将来的にこういう風な綿密かつ広範な取材によって、後世のために記述して残されるべきインターネット文化って他にもいっぱいあるはずだ、という気分がものすごくあるんですよ。東方Project 周辺とかね。インターネット黎明期の文化なんか、うかうかしてると消えて無くなっちゃうし、こういう仕事はもっと増えて欲しいなぁと、そういう気持ちもあって……だから本書にはもっと売れてもらわねば困る(笑)。
 また、巻末のクリプトン社長へのインタビューも、なんかもうすげぇ熱量と視野の広さで、読んでてものすごく励まされる内容なんで、ぜひ広く読まれて欲しいなと。



ゼロ年代の想像力宇野常寛 ハヤカワ文庫

ゼロ年代の想像力 (ハヤカワ文庫 JA ウ 3-1)

ゼロ年代の想像力 (ハヤカワ文庫 JA ウ 3-1)

 この本を勧めるかどうかはね、すごく迷うよね(笑)。
 本書を巡っては、発表当時から毀誉褒貶に塗れておりましたし、ぶっちゃけ受け付けない人も多いわけです。私は本書についてはかなり好意的に読んだ読者だと思いますが、それでも諸手を挙げて全面賛成するかっていうと、ちょっと留保するかもしれない(笑)。
 しかしですね。
 年が明けて2016年。もう10年代も半ばを過ぎています。そろそろ「10年代の想像力」がどんなだったのかって事を考え始めた時に、どこから話を始めようかなと思うと……結局、この本から話を始めるしかねぇんじゃねぇかなと、私は現状そう思ってるわけです。
 10年ごとに区切って文化を考えるのが有効なのかって話もまたあるわけですが、とりあえず10年ごとに区切って考えた時に、「ゼロ年代」のエンタメ動向(と、それらが照射したゼロ年代の世相や空気)を最も的確に掴んだ著作はどれ?って言われたら、うーん、やっぱこの本だよなと。
 むしろ、我々は「10年代の想像力」を考えつつ、本書が示した「ゼロ年代の想像力とその処方箋」の答え合わせを、ちゃんと腹括ってやっておく段階を踏まなきゃならんだろと思っているわけで、だからやっぱ、共感するにせよ反発するにせよ、読んでおいた方が良い1冊ではあるんだろうと。まぁ、そう思うわけです。



断章のグリム』シリーズ 甲田学人 電撃文庫

 私は結局、ゼロ年代の後半あたりで既にライトノベルの最新動向から振り落とされてしまっていまして、その後ずっと周回遅れのままでした。というかまぁ、もともとそんなにライトノベル読んでなかったしね……。特に10年代に入ってからは、ラノベの流行はほぼまったく追えていません。
 本書も現在のライトノベルの主流から見ればまったくの傍流なのだろうと思いますが、しかし個人的には、非常に印象に残っています。
 私もアマチュアながら小説なんぞを書いていて、考えるのは、アニメなどの動画コンテンツ、あるいはコミックのような絵のあるコンテンツが主流のこの時代に、なんで小説書くかって事なんですよね。「絵が描けないから仕方なく小説書いている」じゃああまりに寂しい。でも、小説でしか出来ないことって、何があるの?
 おそらく、このシリーズの作者さんは、そういうところにすごい意識的なのだろうと思って、その戦略の徹底ぶりにはずっと脱帽してきたのでした。
 この作品、めちゃくちゃグロいんですよ(笑)。すべての電撃文庫作品がアニメ化したとしても、この作品だけは無理だろうっていうくらい。しかし、映像にしたら絶対アウトになるようなグロ描写も、文章だとけっこうイケるんだな。グロいの苦手な私でも、ぎりぎり許容して読み続けられる。つまり、これは「アニメや漫画にできなくて、小説にしか出来ないこと」なんですよ!
 そしてこのシリーズ最大の注目ポイントは、圧倒的な痛覚描写です(笑)。もうね、読んでるだけでこっちまで痛くなってくるような、図抜けた描写力です。私が読んだすべての小説の中でも、痛覚描写に関してはこの人がダントツでトップです。すごい。痛いw
 これも同じ話で、五感の中でも触覚って、映像や絵では間接的にしか表現できない。実は文章で描くのが一番向いている感覚なわけです。そこを徹底的に磨き上げた描写で突っ走る。爆発的に流行りはしませんが、「そっと評価されるべき」良い仕事だと思いました。「文芸」が文の芸だとするなら、本書は間違いなく文芸と呼んで差し支えない作品ですよ。
 そんなわけで、読後いろいろとトラウマが増えるかも知れませんが(笑)、気になる方は是非。



月世界へ行く』 ジュール・ヴェルヌ 創元SF文庫

月世界へ行く (新装版) (創元SF文庫)

月世界へ行く (新装版) (創元SF文庫)

 ご存知、ジュール・ヴェルヌの冒険小説のひとつ。ロケット、というより単なる砲弾の中に乗り込んで月世界を見に行くという内容です。
 科学的なツッコミどころは、そりゃああるわけですが、しかし本書の一番の読みどころは、その底抜けの明るさでしょう。特に同行する3人のうちの一人、ミシェル・アルダン氏の陽気で可愛い男っぷりが光ります(笑)。
 20世紀後半の宇宙開発はほぼ国家の威信と不可分で、あくまでも国家プロジェクトとして行うものになっていました。我々はついそれが普通というイメージになっていかねないのですが、本書で描かれる宇宙旅行の楽しさは、それとは真逆の、ハンドメイド宇宙旅行っぷりなのですよ。文化祭のノリでみんなでワイワイ準備して実行して、みんなでワイワイ後片付けする。手作りだから楽しい。
 実は、本書と関連してもう一つ勧めたいのが、

南極点のピアピア動画

南極点のピアピア動画

『南極点のピアピア動画』野尻抱介 ハヤカワ文庫
 こちらは、明らかにニコニコ動画にインスパイアされたっぽい動画サイトをきっかけに、在野の「つくってみた」動画投稿者が集まって宇宙旅行から、宇宙開発、さらにその先まで行ってしまうという話。
 正直、今日のニコニコ動画がこの作品で描かれたような「創発が起こる場所」なのかどうかはちょっと疑問なんですけど、しかしこの本もまた、ジュール・ヴェルヌ月世界へ行く』に立ち返ったかのように、文化祭気分で宇宙へ行く、20世紀とは違った宇宙への向き合い方が明るく描かれていて、個人的には合わせて読みたいタイトルなのです。
 これらが夢物語なのかというとそうでもなくて、グーグル主催の民間宇宙開発コンペが行われ、日本からの参加チームが健闘してたりもします。国家プロジェクト主催の20世紀的な方法とは違う、宇宙への向き合い方が今後展開される可能性もあるわけで、今こそジュール・ヴェルヌに戻ってみるのも一興じゃないかなと思うわけです。



『脳のなかの幽霊』V.S.ラマチャンドラン サンドラ・ブレイクスリー 角川文庫

脳のなかの幽霊 (角川文庫)

脳のなかの幽霊 (角川文庫)

 個人的にイチオシの、楽しくて発見に満ちた、超面白い脳科学読み物。
 これも、学術読み物にありがちな硬さが無くて、とにかく著者が陽気でユーモアたっぷりなのが良いんです。身構えなくともスルスル読めます。しかも、我々の常識を覆すような驚愕の発見が次々報告されてて、好奇心刺激された度で言えばこの10年でもトップクラスでした。
 著者が実際に患者さんと接して、そのなかで発見していくという構成も良いんですよね。理論先行じゃないから理屈っぽくないし。何か不可解な状況に向き合った時に、著者がとっさに、ジョークを(笑えるけど、笑うためには特定の脳機能を使って考えないといけないジョークを)口にして相手の反応で脳の仕組みを考察していく、みたいな、柔軟な知性を感じられるところが最高にお気に入りです。
 言葉だけは有名なファントムペイン、すなわち幻肢痛についても紹介して、さらに段ポールと鏡を使った即興の仕掛けでこれを治療しちゃったりする。これも良い意味で、科学のハンドメイドな手触りが感じられる貴重な本だと思います。


『炭素文明論』佐藤健太郎 新潮選書

 炭素を含む有機物、デンプン、砂糖、ニコチン、カフェインなどを軸にして世界史を語り直すという読み物。
 こういうのは切り口が命なんですが、本書は着眼点、文系の話題と理系の話題のバランスなど、非常に上手く書けている本だと思います。新しい発見も多くて、興奮しながら読みました。
 個人的に、文系・理系っていう分け方が大嫌いで、だからこのブログでも自分の関心の向くまま、文理問わず面白そうなところにガンガン食いついて本を選び、感想を書いてきました。実際、これから先、そこを分けて考えてたらかえって行き詰まると思うんだよね。もちろん何もかもに食いついた結果、すべてが半端になることも避けなければならないのですが……しかし、多少の理系のセンスが無いと、今日起こっている事に文系的なアプローチをするにも限界が出て来そうに思います。
 本書は、上述のように、文系・理系の関心のバランス感覚が絶妙で、理系が苦手な人でもすんなり入りつつ化学にちょっと親しめる、良い読み物になっていると思います。


空海の風景司馬遼太郎 中公文庫

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

空海の風景〈下〉 (中公文庫)

空海の風景〈下〉 (中公文庫)

 司馬遼太郎と言えば『燃えよ剣』とか『竜馬がゆく』とかが有名ですが、この10年で私が読んだのは本書。司馬作品としては異色の、平安時代の坊さんが主人公な歴史小説
 空海といえば、とにかく超然とした人物のイメージが強く、神秘性の強い密教スペシャリストで、高野山の奥では今も生きて瞑想しているなんて伝説もあるお方。四国をはじめ日本各地にも空海の伝説が残っていたりします。
 この小説の面白いところは、そんな超然とした空海像に反して、あの司馬遼太郎が「人間らしい空海」「等身大の空海」をどうにか発見しようと奮闘してるところです。『街道をゆく』なんかを読んでても分かりますが、実は司馬遼太郎は人間のいじらしい可愛さみたいなところをすくい上げて描くのがすごく上手い人で、なんと空海からすら「愛嬌」のある側面を見つけ出してしまう。そこが、この作品の最高に面白いところでした。
 司馬氏自身も相変わらず自在に話を脇道にそらす人で、本書ではとうとう、ふと我に返ったように

 ところで、本稿は小説である。

 などという、他の作家さんの小説作品ではついぞ見たことないようなメタな一文が飛び出したりして、そこも楽しいところ(笑)。



枕草子清少納言 講談社学術文庫

枕草子(上) (講談社学術文庫)

枕草子(上) (講談社学術文庫)

枕草子(中) (講談社学術文庫)

枕草子(中) (講談社学術文庫)

枕草子(下) (講談社学術文庫)

枕草子(下) (講談社学術文庫)

 最後に、有名なこれ。
 学校の古典の授業なんかで文法なんかとセットで紹介されると敬遠したくなりますが、いやいや、めちゃくちゃ面白いエッセイなので現代語訳つきのもので是非一回読んでいただきたいです。それも、小難しい解説とか意味ありげな監修者のうんちくなんかは無視して、適宜現代語に脳内翻訳しつつ読むと楽しいですよ。時に毒舌、時に超ゆるふわ系。
 何が素晴らしいってさ、「お昼寝って気持ちいいわよねー」とか、「字を書いてる時に、硯に髪の毛が入っちゃうの、超イヤなのよねー」とかいうハイパーどうでもいい事を千年以上前の人が書き残してて、それが現代までちゃんと残った事ですよね(笑)。印刷術が普及するまではわざわざ手書きで写さないと後世まで残らなかったはずだし、紙だってそれなりに貴重だったはずなんですが、こういう何の役にも立たないユルユルなエッセイが書かれて、今日まで大切に保存されてきた。そのお蔭で、千年以上前の貴族も、我々と同じような事で感動したり辟易したりウンザリしたりしながら暮らしてた普通の人だったんやなぁ、と実感できるわけです。
 これが書かれ、読まれ、大事にされてきた日本って国はやっぱ良い国なんだなぁと思える、そういう意味でも非常に楽しい本です。ぜひ。



 ……というわけで、いかがでしたでしょうか。
 正直、そんなに読書量が多いというわけでもありませんし、今さら大急ぎで基本文献を読み直してる事からも周知のように、人に紹介できるほど真面目に本を読んできたわけでもありませんが。
 まぁそれでも、懲りずに今後もマイペースで色々読んでいきたいですし、面白いと思った事があったらどんどんおすそ分けしていきたいと思います。よろしければ、今後とも気長にお付き合いくださいますよう。
 それでは、今回はこれにて。