シャーロック・ホームズの帰還

 

 

 やんごとない事情で帰って来たホームズ。やはり面白い。

 あ、以下ネタバレ注意

 

 

 この巻も推理的に楽しめる話が多くて、楽しめました。「金縁の鼻眼鏡」での、ホームズの着眼点が好き。「その一要素で真相を見破ったのか!」というのが爽快感でした。

 私が読書人生で最初にファンになって熱心に読んだミステリが二見書房の『刑事コロンボ』のシリーズだったんですよね。倒叙ものから入ったからか、トリックそのものよりも、「どこに着眼して真相を見破ったか」の意外性を楽しむ方に読みのウェイトが傾いているのかも知れません。とっ散らかった状況の中から、クリティカルな一要素だけを的確に見抜く洞察力に惚れる。

 

 あとは、やはり「犯人は二人」でしょうかね。ホームズがもし犯罪をする側に回ったら、そちらでも天才的な腕を見せていただろうとは以前にもほのめかされていましたが、実際本当に唸るくらいタチが悪いという事が判明する話。

 ホームズって必ずしも遵法者ではないんですよね。実は世間的な倫理にもそこまで関心は無い。よく、消防士や警察について「自分たちの仕事がなくなるならばその方が良い」と述懐するような話がありますけれど、ホームズはそんな殊勝な事は言わない(笑)。モリアーティがいなくなってからのロンドンは独創的な犯罪が少なくてつまらなくなった、とか平気で言うわけで。逆にそういうところが面白いというか、読んでいてドキドキする部分でもあるわけですよな。事件解決に必要とあれば法を侵す事もためらわないわけでした。そして、そういう時に、よせばいいのについていくのがワトソンなのだった。まったくもって危なっかしい。

 まぁでも、ホームズにとってワトソンが無二の相棒だというのは、これはこれでシリーズ通してよく描かれているなと思ったりもしました。軍隊経験があって武器が扱えるし荒事に対応できる、また医者なので怪我人などが出た場合にも対処できる。さらに、初期から本文で書かれているようにワトソンはホームズが沈思黙考に転じると、自分も黙って決して思考の邪魔をしない。特に後者の気配りはホームズみたいな人にとっては値千金であったでしょう。

 さらに、最終巻辺りでちらっとこぼすわけですが、ワトソンは自分の推理みたいなのを無闇に差し挟んだりもしないし、推理力的にはあまり鋭くないから聞き役に回らざるを得ない。で、このワトソン相手に説明するというのがまたホームズに良い影響を与えてるわけですよね。人に話すって話している本人が話題になってる内容を整理するのに非常に有用なので。実際、ワトソンに説明している最中に突如ヒントを掴んで考え込み始める事がシリーズ中何度もあります。

 これだけの、まさにうってつけの特質を併せ持った相棒ですから、そりゃ大事にもしますよね。この二人の関係性も、よく描けてるよなぁと思いながら読んでいたことでした。

 

 さて、そんな感じでさらに読み進めつつ。

 

終っている臓器

 

終わっている臓器: もはや不要なのに存在する人体パーツ21の秘密

終わっている臓器: もはや不要なのに存在する人体パーツ21の秘密

 

  

 

 ちょっと息抜き読書。

 

 進化の過程でいらなくなってしまった、現在あまり使われていない臓器を紹介するというコンセプトで、雑学たっぷりで読んでいて楽しい本なわけですが。しかしそういうコンセプトのわりに、もうまったく無くても困らない、何の役にも立たないと結論されてる部位は案外少ない。むしろいらないと思われがちだけど意外に役に立っている、という記述もちらほら。

 盲腸なんていらない臓器といわれて思い浮かぶ筆頭なわけですが、最近の研究だと腸内における善玉菌が待機したり、腸内環境が変わった際に逃げ込んだりする前線基地として使われてるらしいことが分かってきたりしてて。むしろ終わっていない臓器の話なのでは? という趣。

 

 この辺はだから、「役に立つ」「役に立たない」という知見に対する一種の相対化なんですな。既存の知識で役に立たないと断定され捨てられてきたものが、新知見でいつ「実は役に立っていた」と判明するか分からんわけです。

 さらに、たとえば手の甲辺りにある長掌筋という筋肉があるそうですが、これは現在物を掴んだりする時にほとんど使用していない。なくても困らない。しかし、だからこそ、野球選手が肘靭帯を痛めたりした際にはこの長掌筋を移植することができるという。使ってないからこそ遠慮なく移植に利用できるのだそうで。

 これなんかは、「役に立っていないからこそ役に立つ」という逆説なわけですよね(笑)。そういうところまで目配りした時に、果たして「役に立たない」とは何なのか、ということになる。本書はその辺りにひっそりと思いを馳せるのにも役立つ内容で、なにげにけっこう深い本だと思います。

バスカヴィル家の犬

 

 

 タイトルだけはやたらと耳にしていたホームズ長編。

 これは、さすがに文句なしに面白かったです。すごいハイレベル。

 そうか、こんな最初期から、伝奇ミステリの決定版みたいな出来の作品があったんやなーという感嘆に溜め息しか出ないみたいな状態でした。恐ろしい言い伝え、不気味な旧家の屋敷、じわじわ高まる緊張感。こんなん面白いに決まってるというか。

 あと、言い伝えの有る現地に行く前、ロンドンでもすでに謎がばら撒かれてるあたりも上手いよなぁ。途中でホームズが一旦抜けるのも焦らしテクニックとして上手い。もう全部上手い(笑)。

 

 個人的に、相談なしでいきなり「ワトソン君が行ってくれるでしょう」と無茶振りするホームズと、それに対しての最初の述懐が「これから冒険が待ち受けていると思うときほどワクワクすることはない」的なリアクションで完全に「あ、この人も大概だ」って感じになるワトソンとの関係性が楽しかったです(笑)。ホームズの変人ぶりばかり強調されるけど、ワトソンもなにげに豪傑だよなぁ。

 あと、不在中熱心に手紙で報告したのに反応が薄いと怒るワトソンと、「いや君の手紙は熟読していたんだよ」とよれよれになった手紙を見せるホームズ、みたいなやり取りも、なんだこのオッサンたち可愛いかよ、みたいになるので大変良かったです(笑)。

 

 シンプルにエンタメとして楽しめたので、これはもっと早い時期に読んどきゃよかったなぁと思った次第でした。さてさて。