何が本当に見たいのか。


 風呂に入ってぼうっと考えているうちに、根本的な自分の方向違いに気づく。
 何の事はない、私が本当に小説で書きたかったのは、バトルなんかじゃなかった。


 私の好きな漫画の一つに『吸血姫美夕』というのがある。少女漫画系月刊ホラー誌に連載されてた、すごく美麗な絵の、空気のキンと張り詰めたような幻想的な作品。
 その作品の雰囲気が凄く好きで。けれど、この漫画は監修しているのが男性で(絵は女性が描いている)、そのせいか巻が進むにつれて妙に少年モノバトル漫画みたいに、毎回敵が出てきてはバトルするという話になっていく。
 正直、そのバトル中心の話運びが、作品の質を落としていると常々私は感じてたわけで。この作品のキャラには似合わない、という気がどうしてもしてしまうのだ。
 同等な実力同士の敵味方の戦いよりも、「はぐれ」た様々な事情を抱える「神魔」を、監視者としての美夕が静かに闇へ返していくエピソードの方が、そこで交わされる会話と情景に味があって良いと感じていた。


 最近の自分も、もしかしたら似たような事をやっていたかもしれない。


 今回の長編で、どこを書くのが一番楽しかったかを思い起こすと、それはやっぱり技のエフェクト、演出の部分で。
 敵キャラの造形がおろそかだった事からも分かるように、別に丁々発止のバトルが、戦うシーンの爽快感が書きたくてバトルものを書いていたワケじゃないのに気づいたわけですね。
 実は、自分はバトルの際に行われる色々な特殊な技の、エフェクトの部分を書くことにしか頭を回していなかったような気がする。
 というか。私が見たかった/やりたかったのは、魔術的なイリュージョンだろう。


 イリュージョンって言っても、別に引田天功じゃなくて(笑)。
 幻想的な鮮やかな情景というか、異界的な空気というか……。


 たとえば私が中学時代からやけに妖怪とかに関心持って色々調べたりしていたのも、水木しげるの本を繰り返し読んでいたのも、そこにビジュアルとして展開している情景が、この世ならぬ鮮烈なものだったからだろうし。
 京極作品にハマった理由も、あの膨大な博覧強記への憧れの他に、たとえばハコの中の娘の情景とか、髑髏の山とか、ミステリーでありながら異界的な情景を見せてくれるからだったのだと思う。京極の近作に私があんまりハマれないのは、端的に、作品の中に妖怪を湧かせてやろうっていう、変な情熱みたいなのが初期作品に比べて全然感じられないからなんだろうけれど。印象に残る、幻想的なシーンがない。


月下の棋士』って漫画にハマったのだって、対決する棋士同士のやり取りの緊迫感もさることながら、将棋の盤と駒という限られた場の中でイリュージョンを見せてくれたからなんだろうと思うし。チェス使いが敵の時には、よりによって将棋の駒を途中で縦に立てて戦い始めちゃうし、瀕死の棋士が吐血した血を盤上にダラダラ垂らして「地獄へようこそ」とか言っちゃうし(笑)、とにかく将棋の盤の上で、見たこともない場景を見せてくれたからなんだろうと思う。


 美術の教養もないし、絵のセンスもまるでないけれど、ダリの絵だけは好きだった。シュルレアリスムにも一時期妙に凝って、アンドレ・ブルトンの本を読んでみたりしていた。それも同じだったろう。


 弾幕シューティング東方にハマったのだって、シューティングの枠の中で、「スペルカード」という工夫によって私にイリュージョンを見せてくれたからだ。幽々子様との対決で、背後の扇が開く時には今でも身が震える。


 イリュージョンが見たいのだ。そして、そうした幻想を描くとき、多分私は一番楽しい。


 だとすれば、思うに私がライトノベルに流れ着いてしまったのも、バトルものをよく読んだり書いたりするようになったのもある意味で必然なのかもしれない。バトルものの必殺技のエフェクト、演出は往々にして、一番手軽なイリュージョンだから。


 けれど、バトルする事そのものが目的なのではなく、その結果としての魔術的・幻想的な情景が目的なのだとすれば。
 いつの間にかバトルの構成や組み立てにばかり気を取られたりしていれば、それは本末転倒でしかない。そりゃあ、しっくり来ないはずだ。


 幻想的なイリュージョンに対して、戦ってねじ伏せるしかアプローチ法がない、なんて事はありえない。
 むしろバトルを今日的に、娯楽として組み上げる事に気を取られすぎれば、上述の『吸血姫美夕』と同じ失敗に陥りかねない。


 その辺の、自分が本当に描きたかったことを忘れて、なまじバトルもの小説なんぞに手を出すからバランスを欠いた話を書いてしまったりするんである。そりゃ落ちるよ。
 自分の一番やりたい事が何なのか、そんな自明なはずの事に気づくのに何年もかかるんだから、人間って不便なものだ。


 ともあれ、ようやくこれで、次に何をすべきかが見えてきた。
 バトルのない話を書く。戦って潰すのではなく、むしろ異界的なイリュージョンを見届けるような――そんな話を書くことになるんじゃないかな、と朧ろげに思っている。
 さぁ。見えてきたなら、ぼうっとしていられないわけだ。


 そろそろまた、エンジンをかけ始めないとね。