生物と無生物のあいだ


生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)


 パッと見、そこそこ難しそうな、ごく普通の新書なのにやけに売れているので、試しに買って読んでみた本。
 で、読んでみて納得。


 科学者の中には、時々とんでもなく美麗な文章を書く人がいて驚かされます。この著者もそうで、まるで本職の随筆家のごとき、自然体で読みやすく流麗な文章に引かれるようにして読み終えました。
 最先端技術を一般に説明する際に不可欠な比喩の上手さ、話題を転換して作者自身の過去の回想を織り込み難しい話から一息入れる呼吸の上手さ、そしてその回想での情景を描き出す筆致の上手さ。
 まぁこれだけ上手ければ、そりゃあ読まれます。
 そしてまた、提示される「生物」というものへの知見、一般読者の中にも眠っている生物に対する疑問を呼び起こし、それと向き合い解決していく話運びも上手いなぁと。
 そんな感じで、始終感心しながら読んだのでした。


 やっぱりなんだかんだで、「トップダウン式の分析では生命を記述しきる事はできない」という見方には賛成してしまう、というか共感してしまうわけです。私、複雑系の信者ですので(ぇ
 そういう意味で、分子生物学の第一線にいる人からこういう見解が出てくるというのは興味深かったかな、という感じがします。


 この本を読んでいて一番感銘を受けたのはこの部分。

 エントロピー増大の法則は容赦なく生体を構成する成分にも降りかかる。高分子は酸化され分断される。集合体は離散し、反応は乱れる。タンパク質は損傷をうけ変性する。しかし、もし、やがては崩壊する構成成分をあえて先回りして分解し、このような乱雑さが蓄積する速度よりも早く、常に再構築を行うことができれば、結果的にその仕組みは、増大するエントロピーを系の外部に捨てていることになる。


 前後とつなげて読まないと難しい部分ですが、要するに「自然に壊れていく速度よりも早く、自ら壊して再構築し続ける」ことによって、我々の体は維持されているという事です。壊れた部分を補修していたら間に合わない。それよりは常に体を構成するすべての部品を更新し続ける、と。
 実際、贅肉、つまりお腹の脂肪ですら、ただ蓄積されてるわけではなく常に中身は入れ替わっているそうです。
 こういう形で提示されていく生命観が私にとってすごく新鮮で、非常に面白かった。手軽にこうした面白さに触れられるのはやはり新書の良さですね。
 この本が比較的たくさんの人に読まれているというのも、良い話です。