堕天使の旋律は飽くなき 夜想譚グリモアリスII



 ライトノベルのガジェットで組んだミステリー、二作目。
 今回も読みやすく、話のテンポも良い、なかなかの佳作と思いました。


 さて。古今東西、ミステリー小説、すなわち「殺人事件の推理と解決」を主題にした多くの小説があり、また映像作品があります。
 これらミステリーにおいて、長編のプロットを組むのは実はけっこう難しいわけです。特に、読者を飽きさせず最後まで引っ張る意味で。
 そもそもこの手の話というのは、事件発生の前後こそ盛り上がりますし読者も引き込まれますが、その後は基本的にあーだこーだと推理を検討したり、関係者に話を聞きに行ったりといった地味な作業が中心にならざるをえません。
 持ち前の技量によってこの辺りも上手く料理している作家さんは居ます。けど、基本的にこうした情報収集と推論が繰り返されるパートは、ミステリ作品の中でも比較的退屈な段階です。
 この中盤の退屈さで読者が逃げてしまわないようにするために、作者は手を考えます。一番手っ取り早いのは、第二第三の事件を作中で起こすこと。事件発生の高揚感は十分にリーダビリティになります。
 しかし……あまり事件を多く起こしてしまうと、推理や背後設定の辻褄あわせが大変になってしまいます。また、最初の事件は凄かったのに、二番目は適当、というわけにもいきません。
 少なくとも、作品自体の完成度のハードルを上げる行為ですので、あまり気軽に出来ることではありません。


 ではもっと簡単な方法は無いのかといえば、まぁあるわけです。即ち、「主人公である探偵役が危機的状況に追い込まれる」こと。一番端的なのは、犯人が探偵役を脅し、あるいは殺そうとするパターンですね。
 民法で夜9時からやっているミステリードラマで、大抵探偵役の木の実ナナあたりが終盤、あまり脈絡も無く轢き逃げされそうになるのも、こういう理由があるからです(笑)。


 とはいえ。これも一長一短ある方法で。
 密室や不可能犯罪などをどう解決するかという関心と、主人公が危ないというハラハラとはベクトルの向きが根本から違います。結果として、取ってつけたようになったり、お話の全体像がちぐはぐになったりしてしまいます。


 で、長くなりましたが。
 この「グリモアリス」シリーズでは、ライトノベル的な世界観が下敷きになっているだけに、この部分が上手く処理できてるなーと思うわけなのです。
 シリーズの探偵役「グリモアリス」は、それぞれ他の異能バトルものにあるような異能力を一人が一つずつ持っていて、やろうと思えばそれでバトルもできるわけです。
 そうした下地を持っているので、主人公チームが異能者に追われたり、戦闘になったりしても不自然ではなく。わりと自然な形で間を持たせることができています。
 無論それでも、本筋と関係のないバトルを挟むだけでは「取ってつけた」構成になってしまうでしょうが、この話の作者はきちんとそこを把握しているらしく。事件解明の進行と、バトルや身体的な危機的状況を常に関連付けるようプロットを立てています。
 その辺りを自覚的に組んでいることが、作品を安心して読める仕上がりに出来ている要因の一つでしょう。


 とはいえ、バトルにある程度紙面を割かざるを得ない結果か、ミステリとしての内容はそこまで濃くはありません。
 前作にくらべ、「いつ、誰が、どういう状態で殺されたのか」が一応明示され、それに対して「誰がやったのか」という問いの元に読者も推理できるだけの素地は出来ていたと思います。
 が、事件の全体構造自体はそこまで入り組んでいるわけでもなく。容疑者は少ないし、筋道立てて推理するというほどの材料もやはり提示されません。
まぁ、登場人物が少なく、どんでん返しも割りとオーソドックスなものなので……私は温いミステリ読みだったのでアレですが、ある程度場数を踏んだミステリ読みなら難なく真相は見抜いてしまうでしょう。推理でではなく、何となくの予想で。


 まぁ、文字通り「ライト」なノベルである事を思えば、悪くはないんですけどね。
 この作品の読者が、そこまでハイレベルな、往年の名作に比肩しうるような堅牢なミステリ作品を求めているかといえば、そこまででもないわけだし。そういう意味では、バランスは良いんだと思います。
 現状、どっちかというと「なんちゃってミステリ」って感じではありますが。
 うん、アコニットが可愛ければいいよね!(そうなのか?


 さて、内容について。一応、以下ネタバレ。


 誓護くんはもう少し計算高い人かと思ってましたが、シリーズ化に当たって「困ってる人を見捨てられない」主人公属性を発揮してました。うーん、まあ一作目でも悪い人じゃなかったんだけどね。
 で、アコニットさんは相変わらず。じっくり醸造された味わいある良いツンデレ具合でした。慣れない携帯電話でおたおたする所とか、ギャップ萌えの呼吸も心得ていて素晴らしい(笑)。
 一方、鈴蘭さんは壊れ街道まっしぐら。ネット上の読書感想を試しに見て回ったら、「水銀燈がおる」と言ってる人がいましたが、多分この人の事ね。


 で、結末は結構苦い感じになりました。この辺、変に甘甘にされるよりは私好みかも。
 とはいえ、主人公が美赤の無罪をあそこまで確信してる描写入れたら、読者的には美赤が犯人である可能性は除外してしまうし、そうすると容疑者は涼夜しか残っていない。けどこれで本当に涼夜が犯人でしたじゃそのまんまですから、解明でのどんでん返しを想定すると、残る可能性ってアレしかなくなっちゃうんですよね。ミステリ慣れした人なら「被害者と思われていた人が実は加害者」っていうのはお馴染みのパターンの一つですし、すぐに真相に至っちゃうと思います。
 そういう意味では、美赤が犯人である可能性を誓護が最後まで捨てずに持っておく方が、ミスリードとして正解だったかな、と。……まあそうすると、まったくの部外者である主人公が事件に関わっていく動機が薄れてしまうので難しいところですが。


 事件の背後にあった人間関係と、アコニットと鈴蘭の関係をオーバーラップさせて最後にグリモアリス二人の関係性を語る構成にした辺りは良い構成でした。
 ちなみに、最終的に追い詰められたアコニットが逆転する際、使われたのは彼女の「権力」だったわけで、これが普通の異能バトルもの作品なら割と噴飯ものの決着かなぁと思います。バトルメインの話で最後があれじゃ色々言われそうですが、ミステリものだからある意味ありかなぁ、って感じに落としてる感じ?  立場的にも能力的にも、戦闘力だけを問われてるわけじゃないですしね。


 そんなわけで、細部まで見てみると結構綱渡りな部分もありますが、最終的には「けっこう面白いライトノベル」という辺りに落とせている、そんなバランス感覚の良い作品という印象でした。
 個人的には、最後、頂上対決に割って入った軋軋君が好きだったので、彼の再登場希望。階級格差なんかに負けるな!(笑)