一度も植民地になったことがない日本


一度も植民地になったことがない日本 (講談社+α新書)

一度も植民地になったことがない日本 (講談社+α新書)


 一般的なヨーロッパ人の目に、日本はどう見えているのか、という話をいろいろな話題を絡めて紹介していく、軽めの新書。


 うん、面白かったですよ。
 やっぱりニュースとか見てても、一体日本が海外にどう見られてるのかっていうのは気になりますし、その「気になる」部分を上手くすくいあげて答えてる良い本だと思います。
 特に、政治的な部分よりも、一般庶民の目線で、我々にも分かりやすい目線でこのテーマを扱ってるのが、すらすら読めて良いと思います。
 日本の歴史、生活習慣、ビジネス、マナー、常識、その他の部分を日本の外から見たときの特異な部分、普通の部分、良い部分、悪い部分、それぞれに。


 が、しかし同時に思ったのは、「この程度のものが新書として出るのか」という事でした。


 「この程度」というのは、決して内容や作者をけなして言ってるのではありません。ただ、これが「新書」として出て、しかもその中では比較的売れた部類であった事は、なんだか複雑な心境です。
 だってこれ、事実上エッセイだよね? 文中に作者の私見や個人的主張が、特に一般化されないまま書かれてますし。一個人の体験がほぼそのまま語られてて、たとえばそれをデータと照らし合わせて、というような事はほとんどされてない。自衛隊関連とか、政治的な部分への言及もかなり無防備なものを含んでいると思うし。
 少なくとも、特にこの本を書くために著者が調べ物をしたり、そういう工程は一部を除いてほとんどなかったんじゃないかと思う。
 実際、上のアイコンからアマゾンに飛んで、ついているレビュー見ると分かりますが、ツッコミどころも多々ある様子。


 私は別に、この本が新書として出た出版社の判断だとかそういうのを批判したいんじゃないんですよ。
 ただ、上記のようにほとんどエッセイ並みの語りで、一般化されてないままつづられた本が新書として読まれたというのは……つまり、生のままの一個人の体験、そのままの形でも「知見」として読まれてしまうくらい、珍しかったということ。
 つまり、ここで語られている程度の自国の客観化すら、大多数の日本人は出来てなかったってことだよね。


 あちこちで国際化国際化言う割りには、「この程度の」話ですら珍しく感じられるくらい、海外の国の事も自国の事も、全然認識されてないわけじゃん、と思えてしまって、何か非常に微妙な心境だったわけです。
 ビジネス会話ができればそれで国際化したことになるんか? って言えば、んなワケないのは自明な事で。これだけ海外にモノ売って生計立ててる国が、こんな体たらくで良いのかねぇ。
 まして、日本の第二公用語を英語にしようとか、馬鹿じゃなかろうか。


 この本の著者、時々びっくりするような知識をするっと出します。海外の友人とフランクに話している中に、「義務教育をきちんと実行したのは日本が世界で二番目」とか、そういう知識をすらっと言って日本のアピールをしてるんですね(自国を自慢するのは、ヨーロッパでは普通の事らしい)。
 そういうのはガリ勉して覚えたんじゃなくて、海外で暮らして、日本人とは違う価値観の人たちと会話する中で、自分が拠り所にできる価値観として自然と「日本人としてのアイデンティティ」を振り返っていく中で身についた知識なんだと思う。
 それは、西欧文化にコンプレックス感じて「第二公用語を英語にして、日本も英語喋れるようになって一人前だ〜」みたいな事をするんでなく、もしくは逆に「とにかく日本の伝統芸能とかを見せて日本を理解してもらわなくっちゃ」とか変に力むんでもなく、異なる価値観と向き合う中で自然に身についていくんじゃないかなと思うんです。そういう道もあるんだよね、きっと。


 そういう意味では、この著者さんなんかはナチュラルに、意固地な形でなく「国を愛せて」いるのかなぁ、と思います。日本国内に引きこもって「靖国神社」とかを持ち出して愛国愛国言ってるような連中は基本的に私は嫌いですが――そういう形じゃない、この本にあるようなナチュラルな「自国を愛する」感覚はあって良いよなぁ、と思います。


 なんか、散々「この程度」なんて言い方をしましたが、むしろ内容は(エッセイとして読むなら)非常に面白い内容です。これを珍しく感じる、好奇心を感じる人は、むしろ読むべきだと思います。
 そしてさっさと、「自分の国をこれくらい客観視できるのは当然」と言える日本人になるべきなのかな。