東方儚月抄 コミック版第十一話


 月旅行は思いのほか順調なようで。相変わらずのんびりペースの儚月抄十一話。


 とりあえず問題なのは、レミリアたちの乗るロケットは全然宇宙空間を飛んでるように見えないってことでしょうね。重力も下方向にかかったままだし、おまけに咲夜さんは窓を開けてしまいますが、空気が逃げるどころか、逆に空気が吹き込んでくる始末。
 そんな状態にも関わらず、大気圏離脱をした様子もなく、宇宙空間を飛んだらしい様子もなく、そのままロケットは月へ着いてしまいます。
 はて、これはどういう事でしょう。


 東方考察サイトの一つで、恐らく儚月抄感想で一番有名だろうチェキ空ブログさんは、


http://www.mypress.jp/v2_writers/bontane/story/?story_id=1724850


 このように読解された模様。
 なるほど非常識が常識になる幻想郷だからか……と納得しかけますが、コミック版第二話で月の兎のレイセンが「スペースデブリに当たった」と発言している事を考え合わせると、もう少し別な答え方もできるかなと思ったりします。
 つまり、幻想郷から出発しようと、目的地が月の裏側――月の幻想郷だろうと、永琳たちが移動する際にはきっと距離は40万キロメートルある。途中は真空の宇宙空間で、スペースデブリなんかも普通に漂ってるわけです。
 では何故、霊夢たちの乗るロケットは通常の宇宙を飛んでいないのか?
 答え――パチュリーの魔術がそのように組まれているから。


 この後のページで永琳が言っているように、「月までの距離は見る人によって変わ」る。
 そして、パチュリーは月までの距離を、「雲をいくつか越えれば月に着く」といった程度に見積もっていました。
 そうした、パチュリーの観測した距離を元に、その観測に基づいた「月までの行程」を移動できるよう作られたのが今回のロケットです。その行程には真空の宇宙はありませんし、スペースデブリもありません。


 つまり。
 永琳は幻想郷から月までを40万キロと観測していますから、もし彼女が月まで行くならそれだけの距離を移動する事になるでしょう。無論、大気圏の存在を知っているので大気圏を突破するし、スペースデブリの存在も観測していますから、スペースデブリに気をつけなくてはいけません。
 しかしパチュリーの観測した月までのルートには、そんなものはない。


 ……というと、何でやねん、と思う方もおられるかと思います。観測が間違っていたなら、失敗するだけだろ、と。
 けれど、多分、魔術が通用するらしい幻想郷では、そんな反論は意味を成さないんじゃないでしょうか。だって、それが間違いだって証明できますか? 実際にモノサシで計ったわけでもないのに、どうして40万キロメートルあるなんて分かるんでしょう?


 天動説を信じていた時代の人たちにとっては、パチュリーの観測こそが「正解」です。そして、魔術というのは、ともかくも整合性のある世界観があり、その世界観の理に合致した術式さえ組まれていれば機能するものです(そう考えられていました)。
 あるいは、こう言った方が早いかも知れません。八雲紫にやらせれば、湖に飛び込むだけで月に行けるわけです。
 つまり、魔術っていうのはその時代、その場所で信じられていた世界観・宇宙観をベースにして動くものなわけで。パチュリーの宇宙観は中世から、せいぜい近代までのものであり、その宇宙観の中で機能する魔術が発動した結果、ロケットが飛んだわけですから、そのロケットは「パチュリーの想定した宇宙観」の中を飛んで月まで行くのだと。


 では、なんで「月ロケット」の資料が必要だったんでしょうか。
 それは多分、パチュリーが知っている既存の魔術には、「月へ行く」なんてものは無かったからでしょう。生命の木を巡ったり、天使を呼び出したりする魔術はありますが、月へ行くなんて魔術は、既存の魔術書の中にはなかなか無さそうです。
 そこで、幻想郷の外で、実際に月へ行ったというロケットの資料を「魔術書」として今回の計画に取り入れたわけです。パチュリーたちが一貫して、ロケット技術のことを「外の世界の魔法」と言ってる事に注意しましょう。
 つまり。やっぱりパチュリーは、科学雑誌ニュートン』を魔道書として読んでたわけですよ(笑)。
 この感覚で言えば、図書館の床に赤い帯を書いて赤道を再現してみせるのも、魔術師が魔法を使う際に魔方陣を床に書くのと同じノリであったのかも知れませんw


 パチュリーの魔術の組み立て行程を、段階を追って確認するとこんな感じになるかと思います。


1・月へ行くという目的を立てる
       ↓
2・月までの距離を観測する。大体、パチュリーの宇宙観は天動説のものか、望遠鏡で観測できる程度の地動説くらいなので、月への距離もそれに準ずる。
       ↓
3・大本の宇宙観と観測を元に月行きを考えるが、既存の魔術に「月へ行く」方法というものはほとんど無い。
       ↓
4・外の世界の魔術、すなわち月ロケットを計画に取り入れる。
       ↓
5・咲夜のもたらした資料によって、月ロケットの詳細が判明。魔道書として資料を読んだ時、隠喩・象徴として重要とパチュリーの目に映ったのは「三段の筒」という構造。
       ↓
6・ロケットの外枠は完成。しかし推進力を得る方法が無く行き詰る(燃料を燃やして、その推進力で飛ぶという発想はパチュリーにはない。あくまでも魔術なので、魔術的な推進力が必要。しかし、月へ届くほど、垂直方向に昇り続ける魔術なんていうのも、既存の魔道書には存在しない)
       ↓
7・幽々子の入れ知恵。宇宙船は「船」なのだから、船の推進力を得る魔術を応用すればロケットの推進力となる魔術が作れるという着想。ちょうど三段の筒状である「住吉さん」が組み入れられ、これでパチュリーの月へ行く魔術が完成。


 大体こんな流れ。思ったよりシステマチックに考えられてるんじゃないかな、と思います。まあ、出来上がったロケットはシュールの極地って感じでしたが。
 ちなみに、パチュリーの宇宙観を「天動説」と断言してないのは、文花帖のスペルカードに「サテライトヒマワリ」があるからだったり。


 そんなわけで。
 要するにあのロケットは、現代の我々が想像するようなロケットではなくて、あくまでもパチュリーの魔術のための「器」なんだと考えれば、作中の状況も理解しやすくなるかなと思うわけなのでした。



 さて、長くなりましたがそんな感じ。
 で、そんなパチュリーさんを訪問する永夜抄6ボスコンビ。しっかし、本当に紅魔館のセキュリティはザルですねぇ(笑)。
 パチュリーのロケット計画に入れ知恵したのが誰かを探りに来た……ていうか尋問に来た永琳たちでしたが、パチェの方は動じません。永琳がつけた「月の衣」についても看破して見せます。
 ていうか永琳先生マジ怖ぇ。刃物で脅すというまさかのバイオレンス展開。まあ矢じりにはリボンがついてるからそれでちょっと可愛ぶってみたり……ってかえって怖いですから!(笑)
 そして、実はパチュリーも大体の状況は把握していたようで。賢い賢い。東方って、なんだかんだでどの陣営にも「賢者」が一人はいるんですよね。知識人であり、大局を見通して動けるキャラが必ずいる。東方世界において、「知」は大きなステータスです。
 同時にそれは、そうした「賢者」「知識人」でないにも関わらず、直感だけで常に「正しい」ことを為す霊夢の存在を逆に強調する事にもなる。だからこそ霊夢は東方世界において特別なんだ、と。


 そして、パチュリーが月に行かなかったのは「痛い目に遭いたく」なかったからということで。さすがというか何と言うか(笑)。
 ま、パチェらしいなぁという。


 一方のロケットは月へ到着するも、海のど真ん中へ。
 流水は渡れないはずのレミリア様は大丈夫なのか。そして、あれが静かの海なら綿月姉妹の姉が待ち構えてるはずなので、ついに月側の勢力と接触かという辺りで。
 引き続き楽しみに、次号を待とうと思います。


 ああ、ちなみに単行本も買いました。本編については特に。第一話での紫と霊夢の修行風景が見やすくなってたのに気付いたくらいで。
 音楽CDの方は……わりと良い曲かなと思いました。「妖怪宇宙旅行」とか。けど、基本的にFM音源の曲を日ごろ聞く習慣がないので、その辺がなんとも。
 逆に音源に抵抗がない人なら、十分楽しめると思います。今までの東方関係の単行本でついてきたCDの中では、かなりオススメの部類。
 そんな感じで。