からくり(ものと人間の文化史)



 茶運び人形を軸に、日本のからくりや、西洋の自動人形などについて通覧した本。
 誰でも一回くらい見たことあると思いますが、日本人形が手に盆を持ってて、そこにお茶を乗せると歩き出す、あれです。


 著者の方はわりとノリノリでこの本を書いてまして、「一体○○なのであろうか!」とか、もうほとんどテレビのワイドショーのナレーターみたいな感じで盛り上がって書いてます(笑)。
 個人的には、淡々と事実を積み上げていくような文体が好きなんで、もうちょっと落ちつけよとも思うんですが、まあ……本人が楽しそうなら、それでもいいかな、と思ったり。
 楽しんで書いてるならしょうがない。


 中身はといえば、これは非常に楽しみました。面白かった。
 未知の分野に手を出すと、知らないことばっかりなんで、初見の楽しみが多くて嬉しいです。それに味をしめて結局、広く浅い人間になっていくんだけど(苦笑


 とにもかくにも、驚いたのは『機巧図彙』という本の内容でした。江戸時代末に刊行された、からくり時計やからくり人形の仕組みを解説した本なんですけれども、ただの紹介じゃなくて、内部構造まで完璧に図解されてるのです。材料から何から。
 込み入った部分の詳解図もあるし、斜視図になってて、ほとんど現代の機械製図と変わらないレベルなんですね。明治の文明開化以前に、このレベルの機械学の本が一般に刊行されてたというのは、そりゃすごい話だなぁと。


http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/karakuri01_kikou/page.html?style=a&part=2&no=1


 一般向けのこんな詳細な本は、同時代の西洋にもほとんどない、珍しいものだとか。
 へぇー、と。


 また、工学や科学史の知識もほとんどなかったので、西洋の自動人形・からくりの歴史の項目も非常に興味深く読めました。紀元前の時代に、アレキサンドリアのヘロンという人がもう、サイフォンの原理を利用した噴水とか、熱による空気の膨張を利用した自動ドアとかを作ってたと。


機械仕掛けの神」(デウス・エクス・マキーナ)なんてのも用語としてはさんざあちこちで使われてますが、実際にどの演目で、どういう風に出てきたモノだったのか初めて知ったよ。


 その他、いろいろと面白い発見があって、最後まで楽しく読みました。こんな風にいろいろ新しいものに触れられるなら、衝動買いで全然知らない分野に飛び込んでみるのも悪くないなと。


 で、この著者が持ってる問題意識というのは、結局次の一点だったようです。つまり、
「西洋の自動機械の技術は、熱機関・蒸気機関と結びついて産業の発展につながった。しかし日本のからくりの技術は時計や、人形などの娯楽・見世物のタネになるばかりで、産業と結びつくことはとうとうほとんどなかった。それは何故だったのか」


 もちろん、西洋から入ってきた時計などを元に、独自の工夫をこらした日本のからくり職人みたいな人たちがいて、また上に挙げた『機巧図彙』みたいな本が公に刊行されたりもしたし、蘭学のような形で西洋の学問を広める人たちもいた。そうした下地があったから、明治維新後、西洋の技術をすごい勢いで吸収し使う事が出来たという面はある。しかし、日本のからくり職人たちの技術が、明治以前に産業に結びつくことはほとんどなかった、一体なんでだろう、と。


 私なんぞがすぐさま応えられる問いでもないんですが、実際どうだったんでしょうねぇ。


 ちょっと分野的にも面白かったんで、今度気が向いたら、平賀源内の本とかでも読んでみましょうかね。
 そんな感じ。