腕くらべ


腕くらべ (岩波文庫 緑 41-2)

腕くらべ (岩波文庫 緑 41-2)


 何故か唐突に永井荷風


 花柳小説という事で、芸者さんがくんずほぐれつする話(待て
 いや本当、普段耳にする永井荷風の評判を念頭においてると、ちょっと唖然とするくらい、生々しい事がいろいろ書いてあります。これ以上書いたらポルノ小説だろうなぁ、というギリギリ手前くらいまで筆が及んでいると言っても過言じゃないんじゃないか、くらいです。
 しかし同時に、風景やいくつかの心情描写は綺麗で、美文である事も感じられ。この落差、この振れ幅を持っている事が、永井荷風の面目躍如なのかな、という感触はありました。その点は、流石と言っても良いところ。


 文体で言えば、体言止めが割と頻出する事が読んでいてちょっと気になりました。それも、よくよく考えてみると、講談や落語などの寄席演芸のリズムなんですね。そういえば登場人物の一人は講談師ですし、荷風自身も落語家に弟子入りした事があったのでした。
 人によっては、こういうリズムも心地よいのかなと思いつつ。慣れない私にとっては、少し鼻につく感じがありましたが。


 お話は冒頭、頭角を現してきた実業家と、彼が数年前に贔屓にしていた芸者の駒代とが偶然ぱったり出会うところから始まるのですが。
 実のところ、冒頭数ページを読んで、またタイトルの『腕くらべ』から私が勝手に連想したのは、実業家の人と芸者の駒代とが、互いの色恋のテクニックで腕くらべをしていくという、駆け引きの話、というものだったのでした。
 しかし読み進むうちに、これが私の多大な勘違いである事が分かって来た次第。
 そもそも、互角の勝負になり得ないのですね。圧倒的に男性側が有利なのでした。考えてみれば当然の事で、買う側と買われる側なら、買う側の方が有利に決まっている。結局、駒代は買う側の男の勝手と移り気に翻弄されっぱなしで最後まで行く事になるのでした。
 駒代への興味を失った男が、それっきり何の消息も作中に残さぬままフェードアウトしていく様子も、何だか印象的です。

 その辺も含めて、わりと面白く読みました。まぁでも、しばらく胃もたれして、これと同じようなのを続けて読めと言われたらちょっと躊躇します(笑)。荷風って伝聞や評判だけ聞くと、けっこう綺麗にまとまった上品な印象があるのですが、いざ口にして見ると結構濃口な感じです。まぁ、まだ比較的若いころの作品だからなのかなぁ……。