日本文化の論点


日本文化の論点 (ちくま新書)

日本文化の論点 (ちくま新書)


 宇野常寛氏による新書。おそらく、現在の氏の問題意識の凝縮ダイジェストみたいな感じ。
 さすがによくまとまってまして、宇野常寛氏の著作の入門として手に取るには良いのではないかと。事例→総論という流れでわかりやすい。


 まぁ、私個人が、この本で論じられている事すべてに賛成というわけではないです。音楽コンテンツについてはほぼ全面同意(というか、過去私もブログに似たような事書きましたし)ですが、電子書籍についてはそう簡単ではないと思っていて、紙の書籍を電子書籍が凌駕するには、恐らくもう何回かイノベーションがないと厳しいと感じています。話題の新刊だけ読む分には電子書籍はかなり使い勝手良くなりましたが、書籍の重要な役目はアーカイブなのでね。たとえば柳田國男全集とかさ、そのレベルの「過去の学問成果」にアクセスできないまま紙の本が廃れて電子書籍だけになったら、普通に「文化」が丸ごと死ぬぜ? っていう。また、未だ電子書籍はリクエストした情報だけが来るメディアで、いわゆる誤配が起きないというのも問題でしょう。そういう事を宇野さんみたいな人は軽視すべきじゃない。


 とはいえ、読み手側で意見が違う部分が出てくる事も含め、これからの時代を見通すための試金石にするのには決して悪くないです。賛成するにせよ反対するにせよ、宇野氏の問題提起が思考を誘発する構成になってるのが良い。



 ただ、うーん、やっぱり気になるんですけど、宇野さんさすがにAKB推しすぎじゃね? っていう部分も読んでてありました(笑)。
 ツイッターで書きましたが、私は宇野氏が「自分はこれが好きだ」と明示して、それで論を進めているのは良い事だと思う。かつて「善良な市民」時代、あまりそこを明かさないまま「安全に痛い自己反省」しているオタクを攻撃しまくってた頃よりも誠実だとは思うのですが。しかし一方で、何かを実際に論じる時には、その「好き」という気持ちからある程度は距離をとってもらわないと、読者としてはその論自体をある程度割り引いて読まざるを得ないわけです。
 私は、「自分がその対象を好きだっていう気持ち」も、カッコに入れて相対化した上でなければ公正な議論なんて出来ないと思っている人なので、宇野氏のAKB関連の発言だけは、やっぱりちょっと乗れない感じがあるんですね。他の作品を論じる時は、その作品を知らない人でもついていける書き方になってるんですけど、AKB絡みの発言だけは知らない人置いてけぼりになってる気がする。


 実際、AKBはテレビを介さずインターネットだけで「国民的」と呼べる規模になった的な事を主張されても、私個人にとっては、テレビで見る事がなければAKBの事なんか間違いなく関心圏に入ってこなかっただろうと思いますしねぇ。


 そんなわけで。
 個人的には、宇野氏は今回のように広く一般向けに書く書籍の中では、あえてAKBを「封印」した方が良い物が書けるんじゃないかと思っています。もちろん、時々「AKB白熱論争」みたいなの出す時には死ぬほど語っても良いからさw 禁断症状が出るならニコ生プラネッツで生放送したって良いじゃん。数年に一回『前田敦子はキリストを超えた』みたいな本書いても良いよw けど、せっかく宇野氏の問題意識は今の時代に重要だと思うのに、AKBを強く押し出し過ぎる事で読者を限るような事が起こってしまったら、やっぱり勿体ないと思う。
 ちょっとそんな読後感なのでした。