魔術と錬金術


魔術と錬金術 (ちくま学芸文庫)

魔術と錬金術 (ちくま学芸文庫)


 なぜか最近、錬金術がマイブームで、いろいろと文献を読み漁ったりしております。


 科学の一番大事な性質のひとつは「再現性」です。誰かが発見した理論や法則は、必ず別の学者が同じ条件で試験をして確かめる。どこで、誰がその実験をやっても同じ結果が出る事が確認できた時に、初めてそれが普遍的な理論・法則であると認められる。
 従って、実験者の個人的な事情や感情や思い入れなんかは、科学の理論とは無関係でなければなりません。悲しい時にその実験をしても、嬉しい時にやっても、同じ結果が出てくれなければ普遍的な科学とは言えないからです。


 しかし、では、個人の感情が全く無意味かといえば……第三者にとっては無意味ですが、少なくともその本人にとっては意味がある、はずなのです。
 たとえば、たまたまクラシック音楽を聴きながらピタゴラスの定理を勉強した人にとって、ピタゴラスの定理クラシック音楽のイメージかも知れない。それは赤の他人にとってはまったく無意味な結びつきですが、その本人の中では、決して無視できない「文脈」を形成しています。
 そういった個人的な文脈が上手く形成できているかどうかによって、たとえば科学の勉強が頭に入るかどうかの効率なんかは全然違ってきますし、その人物の科学観も違う。
(「理科の実験は楽しいから好き」と言っていた小学生が、高校までには立派な科学嫌いになっているというのも、大概この「文脈」を見失ってしまって、教科書の内容が意味不明な記号の羅列にしか思えなくなるからですよね)


 もしも。
「再現性」をあえて放棄してみるならば、実はそこにもう一つの、「私だけの科学」は構築可能なはずです。再現性を意図しないならば、決まった手順や理論に縛られて実験をする必要もない。インスピレーションや、勘と経験で実験行程を変えても良い。


 ……と、そのような「プライベートな科学」への夢想が、私の錬金術への関心だったりします。
 錬金術書なんていうのは、たとえばこの物質を何ミリグラムとか、そういう具体的な手順や用量は全然書いていなくて、ライオンの絵とか太陽の絵とかが意味ありげに描いてあるだけだったりする(笑)。実践者は、そういう曖昧な情報を解釈して、自分なりに実験をやってみなきゃいけないわけです。当然そこに、再現性もクソもない。
 しかしそうであるからこそ、錬金術は実験であると同時に、術者自身の精神修養にもなりえる。「賢者の石」を作るという事は、同時に術者自身の精神も高められて、ひとつの宗教的な境地に至る事でもあるというのです。そのような、術者の感情や精神状態とシンクロできる科学というのは、再現性をあえて放棄した先にしかない。



 現代科学に、不満や違和感、不足を感じてる人はいっぱいいるわけです。科学は正しいが、科学で掬えない/救えないものは沢山ある。
 そういう事に不満を覚えた人が、たとえば前近代の魔術までさかのぼって、そこに提示された別な哲学を紹介・支持したりするという事は、けっこう多い。この本もそういう本なわけです。
 実は、宗教以外にも、複雑系とか、代替医療とか、そういう科学の周辺分野がどうにかすくい上げようとしてるのも、そういう部分なんだと思うのです。


 ただ、そういう事を主張する人たちが、往々にして忘れているのが、上に書いたような事なように思えてならないのでした。
 つまり、科学が掬えないということは、「再現性を持たない」という事なのです。アンチ科学によって、たまさか誰かが精神的に救われる事はあるかも知れないけれど、それを第三者に伝達する事は出来ないのですよ。再現できないんだから。



 もしかしたら、錬金術の長い歴史の中で、本当に誰か「賢者の石」を作れた人は居たのかもしれない。未だ知られていない実験行程を経て。
 ただしそれは、「再現性」を持たない以上、決して第三者に証明する事ができないのでした。
 仮に錬金術の実践によって、どんな素晴らしい成果が得られたとしても、それは術者個人だけのモノであって、永久に第三者に理解される事はない、という事です。
 錬金術にあえて賭ける、あるいは可能性を見出すというのなら、そういう事をちゃんと覚悟した上でなきゃいけない。
 えてして、「アンチ科学」派の人たちは、そういう事を忘れている気がするのですよねぇ。



 で。
 錬金術というのが上記のような性質のモノであるという事はですね。
 錬金術に関する本をいくら読んでも、錬金術がどんなものなのかは、サッパリわからんという事なのでした(笑)。本で第三者に伝達できるような事なら、そんなのはとうの昔に科学になってるはずなので。
 ですからこれはもう、自分で座禅を組まずに禅の教学だけ勉強したって意味ないのと同じです。自分で実際に、硫黄とか水銀とかをこねくり回して、実験をやってみるしかないんだな。


 つっても、それ、ハードル高いよねぇw