南極点のピアピア動画


南極点のピアピア動画

南極点のピアピア動画


 なんとなくSF続きな流れで。
 前々から気になってた作品を試しに読んでみました。まぁ、不肖わたくし、ニコニコ動画のプレミアム会員でもありますし。



 まぁ、どちらかといえば良い噂を聞く作品だったので大丈夫かなと思いつつも、しかしやっぱり心配ではありました。つまり、ニコ厨の内輪受け作品なんじゃないかという一抹の不安です。
 しかし読んでみて、それがまったく杞憂だったので、むしろ嬉しくなった次第。
 もちろん、ニコニコ動画(作中ではピアピア動画)ならではの要素があちこちに散らしては有ります。それが分からない人には、部分的に読みづらいところもあるかも知れない。科学用語もけっこう難しいのを遠慮なく使ってる。もっとも、これらは読み飛ばしても本筋を負うのに問題はない。


 むしろ、単なるニコニコ動画礼賛作品かよ、と思ってる人に、いやもっと別の狙いがある作品みたいだと触れ回りたい、というのが読後の感想でした。


 特に前半部分を読みながら、思い出していたのはジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』でした。私が読んだ数少ないSF作品のひとつ。
 ヴェルヌの作品で印象深かったのは、登場人物たちがまるで文化祭前日みたいな空気の中、ワイワイ言いながらハンドメイドのロケット(正確には砲弾)作って、ワイワイ楽しそうにそれを飛ばしていくという空気でした。20世紀に入って人類は月まで到達したけど、それは国家事業としてであって、選び抜かれた精鋭が厳しい訓練の果てに行った、重苦しい事績としてでした。今でも宇宙開発は、国家の事情や国威発揚、あるいは商業的な事情などと不可分なものでしょう。
 そんな中、この『南極点のピアピア動画』の登場人物たちは、有志や趣味人や、ネット上の呼びかけで集まった有象無象によって、「文化祭気分でワイワイ」言いながらロケットを作って、それで宇宙近くまで行ってしまう。
 これってつまり、ヴェルヌの時代に夢見られながら、実はいまだに達成されてない「文化祭前夜のお祭り気分で宇宙へ繰り出す」という方法が、インターネットを駆使すれば意外に手が届くところまで来てるんじゃないの、という作者の示唆、というか唆しだと思うのです(笑)。
 正直、今のニコニコ動画が、この作品で描かれてるほど可能性を感じさせる場所ではなくなりつつある気がするのですが(ニコニコ技術部関連の動画がランキングに上がる事も、以前に比べると少なくなりましたし)、それでもこういう風に見せられると、なんかちょっとその気になってしまいそうになりますw こんな夢になら乗ってもいいかな、というような。


 そして後半は、こちらの想像を超えてどんどん話が思わぬ方向に進んで行って、久しぶりに意表を突かれた展開でした。
 ネタバレになりますが……。


 とりあえず、地球外知性体がグーグルアカウント取った辺りで盛大に噴いた(笑)。あと、とあるメディアアクティビストが実名登場して、普通に論評始めたあたりも完全に予想外でツボでした。いや、なんか、初音ミクは別の名前に変えてるのに、GIGAZINEとかガジェット通信とか変な所で実名出て来るなとは思ってたけどさw
 まぁしかし、おそらくSFジャンルでは決して珍しくはないであろう登場の仕方をした地球外知性体が、ああいう形で拡散していくっていうのも、なるほどこう来るのかという感じで非常に刺激的でした。正にニコニコ的なものが拡散していくモデルイメージなんですね、流れが。エイリアンそれ自体が重要なんじゃなくて、ニコニコ的なネット上の情報ハブが拡散するモノのイメージをブーストするために登場しているという。



 結局、最後の展開におけるピアピア動画の社長さんとか、それ以前の章のプロジェクトをそれぞれ進めた人たちも含めて、とても勇気づけられるというか、痛快なところがありました。
 つまりインターネットを介した人のつながりが、面白い事を始めるための、ブレイクスルーを起こす、そのトリガーになり得るだろうとこの作者さんは見ているわけです。採算がとれるとか、意義があるとか、そういう事を度外視して、「面白そう」である事がパワーになる。
 「文化祭前夜のような」わくわくするプロジェクトが次々に走り出す、そんな社会になれたら、それはすごく素敵な社会なのだろうと思います。この作品はそうした希望を描いて、終始明るい。気持ちよく本を置くことができました。


 いつか我々も、『月世界旅行』の登場人物たちのように、ハンドメイドで宇宙に行ける日が来たら良いですねぇ。