炭素文明論



 前回に引き続き、理系と文系の中間を行き来する選書。こちらは書評なんかでも取り上げられて話題でした。


 炭素、というか有機化合物文明論といったところでしょうか。デンプン、砂糖、ニコチン、カフェインなどを取り上げ、それらがいかに世界史を動かしてきたかを様々なエピソードを交えて紹介する主旨。
 非常に面白く読みました。切り口を変えるだけで大きく容貌を変えるのが歴史の面白さではありますが、こんな切り口もあったのか、という感じ。特に、普段世界史を辿る時には、英雄的な人物の意志とか決断力とかが強調されたりするものですが、香辛料とか砂糖とかお茶とかといった、人間の欲望の強さが特に大航海時代以降の歴史をドラスティックに変えてた事をこうも示されると、なかなか圧倒されるものがあります。
 化学の視点から歴史を見て、歴史の始点から化学を見て、その往来から立ち上がってくる立体的な知見が、とても豊かに思えます。結果として、有機化学なんて縁遠い気がする領域にも少し親しみが感じられたりも。


 個人的に、トウガラシの成分であるカプサイシンが味覚より痛覚を刺激していて、さらに痛みを和らげるために脳内麻薬エンドルフィンが出ている、いわば「食べるマゾヒズム」だという話が、自分の辛党ぶりを思い返して腹抱えるほど面白かったり(笑)。
 また、カカオには弱いながらバイアグラと同等の効果を持つ物質が含まれており、チョコレートも当初は媚薬として流通したなんていう話を読んで、ああバレンタインデーってそういう……(察し  みたいな気分になったり(笑)。
 化学的にモノを見るって、そういう直截な身も蓋もないところがあるわけですが、私などは人文学には身も蓋もありすぎてると思っているクチなので、こんな風に身も蓋もなく快刀乱麻に書いてくれた方が、心地よい。
 科学はクール。情念よりも事実に語らせる。人文学もそうあって欲しいと思っているのです。


 また、本書の後半で提示されているいくつかの問題提起は、非常に重く感じました。
 カーボンナノチューブとか、噂には聞いたことありましたが、発見者は日本人なんですねぇ。実は、人類の将来的な危機を救うかもしれないような発見を日本人がいくつもしていて、けれど世間一般にそういう事が全然知られてないというのも、なんかこの国のダメな所だよなぁと思ったり。ノーベル賞とったりすると大騒ぎしますが、ノーベル賞を受賞してすら科学研究費が下りなかったりする事もあるそうで、理系研究者を取り巻く環境は必ずしも恵まれてはおらず。そんなんで「ものづくり大国」とかスローガンだけは掲げているというのがうちの国の実情だったりするわけでありました。


 楽しい世界史雑学から、そういう苦い現実まで、いろいろと考えさせてくれる良い本だと思います。