妹の力
- 作者: 柳田国男
- 出版社/メーカー: 角川学芸出版
- 発売日: 2013/07/25
- メディア: 文庫
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最近角川ソフィア文庫で立て続けに刊行された柳田國男の著作。
ちょっと、個人的に非常に思い入れというか、因縁があって、勢い込んで購入しました。
思い出話になりますが、私が学生の頃には、ちくま文庫に柳田國男全集が入っていたもので。書店の店頭でいつも、横目に見ながら過ごしていました。
そんな悠長な事が出来ていたのも、「ああいうものは無くならないもんだ」という思い込みがあったからなのですが……気づいてみれば書店でも品切れ、古本でもない限り入手困難な状態になっており。「いつか柳田國男はちゃんと読もう」の「いつか」が、ものすごく遠くなったままこんな年まで過ごしてしまったわけです。
今回、角川が柳田の主著を文庫に収録するという英断をしてくれた事は、そういう意味で非常にありがたく、また頼もしくもあり。先日からいい加減基本図書を押さえるべく折口なども読んでいた流れで、ついに柳田國男に挑戦する気になったというわけなのでした。
(どうでもいいけれど、最近、新刊書店での「基本図書が手に入らない」率があまりに高すぎる気がするのだけれどね……。『海上の道』も『一つ目小僧その他』も、この『妹の力』も十年ちかく新刊書店では手に入らなかったわけですよ。信じられるかい?)
さて、そんなわけで実際に読んでみたのですけれど。
とりあえず最初に素朴に驚いたのは、その読み味でした。柳田の文章って、新仮名遣いで読んでみると驚くほど柔らかい。なんというか、気さくな感じ。京極夏彦が、少年時代に読んだ時に祖父から昔話を聞くように読めた、といったような事をインタビューで語っていたような気がしましたが、本当にそんな感じで読めてしまうのが楽しく、また嬉しくもあり。
どんな突拍子もない伝説でも、そんな話を信じた人々の心性というのはあるはずなんだ、というスタンスで語っていくのですけれど、そんな調子で語っておいて時々矛盾点にしれっとツッコミ入れてきたりするので、不意打ちすぎてつい噴いてしまう(笑)。
なんかそんなテンポで始終進むので、勉強するぞっていうよりは、すごくリラックスしながら読んでしまいました。
巻末にあるように、学問的に訂正されるべきところはきっちりと押さえないといけませんが、それはそれとして、こういうのも幸福な読み方ではあるんだろうなと思ったり。
内容については、まだ私の実力ではきちんとまとまった見解を示すには至らないなぁと思ったり。
冒頭で示されるような近代婦人擁護みたいな文章も、この時代としては開明的だったのかなと想像したりはしますが、どうなんだろう、断言できるほど明るくないですし。
個々の話題についても面白く読んだのですが、自分なりに消化するには時間がかかりそうです。
ひとつ、途中で思ったのは、「うつぼ舟」の中で『兎園小説』その他に載った、一部に有名な事件に言及する時の柳田先生の口ぶりで。
この事件は、最近でも気の利いた奇譚紹介HPなら紹介してるような有名な話で、アダムスキー型UFOっぽい鉄製の舟に乗った蛮女が流れ着いたという話。
どんな荒唐無稽な伝説も平等に取り扱う柳田先生ですが、この「うつろ舟」を巡る江戸時代の随筆記事は「駄法螺」と評していて、個人的に微笑ましかったのですが(笑)。しかし一方で、そのような法螺話が噂として定着し人々に受容されるには、やはり日本人の心性に通じる所があるからだとして、この論考の最後までたびたび話題に出していて、非常に面白いスタンスだなと思って読んでいました。
江戸随筆が拾う、こういう週刊誌的関心による与太話も、その真偽についてはきっちり批判するけれど、たとえ「駄法螺」でも柳田國男の学問にはちゃんと居場所がある、という事なのだと思います。
私は結局、「民俗学」という学問が何を扱う学になったのかという、総論の部分をきっちりと勉強した事は無いので、現在の民俗学がどうなのかよく分かりませんが。少なくとも柳田國男が生涯を通じてやっていた学問というのは、こうした「駄法螺」も排除せずに、必要なら引き合いに出してこれる柔軟な学びだったのだろうな、とは思います。雑多で猥雑なものも汲み取れるような、懐の広い関心の元に組み上げられたのではないかな、と。
私が心惹かれるのは、柳田民俗学のそういう部分なのでした。
序文にて、口碑伝承を集める態勢が昔はあまり整っていなかった事を述べて「もしも本式に同胞の眼前の生活から、残って伝わっているものを採り集め、並べ比べることが許されていたら、かように古い書物のお世話にならずともすんだのである」と柳田先生は書いているのですけれど。
しかしあえて言うなら、私はフォークロアだけでなく(すこし信憑性の低いようなものも含めて)古い書物を縦横に駆使して語る、そんな柳田先生の語り口が好きだったりするのです。
立論の精確性は落ちるかも知れないけれども、それでも私は異なるメディア、異なる分野の情報を突き合わせて、その境界から立ち上がってくるモノに一番ワクワクする性質だという事でしょう。後悔している柳田先生には悪いけれど(笑)。
なんだかんだ言って、得る物の多い読書でした。
せっかくなので、もう少し読んでみたいと思っていますが……例によって気まぐれなので、どうなることか。といったところです。