光圀伝


光圀伝

光圀伝


 だいぶ前に買うだけ買ってあった冲方丁の小説。
 うかうかしていたら次の歴史小説『はなとゆめ』も発売されてしまったわけで、大急ぎで読んでみた。(ただし、ここで急いでも、『はなとゆめ』まで急いで追いつくわけではない)


 うん。なんだかんだで面白かったです。ちょうどこれを読んでいる前後に風邪気味で、早く寝ようと思っていつもより3時間以上早く寝床に入り、眠気が来るまで……と思ってこれを読み始めて止まらなくなって明け方まで読みふけり、結果風邪が悪化したりとかしてました(笑)。


 まぁね、物語ってのは大抵そうなんですが、文句を言おうと思えばいくらでも言える。この作品なんかもかなり周到に書かれてますが、「神仏習合についての書き方、ちょっと粗すぎない?」みたいな個人的不満を感じる所もありはしました。
 あと、『天地明察』と合わせてみた時に、女性の人物造形のパターン少ないよな、みたいなところもあり。渋川春海の最初の奥さんと、光圀の最初の奥さん泰姫とか、知識の差こそあれ同じ系統だよなと思ったりはしました。天真爛漫さと包容力を強調するところとか。まだ読んでないけど、多分『はなとゆめ』の中宮定子もほぼ同じキャラクターなんだろうなぁと思って若干苦笑したり。
 ほかにも、基本的に主人公を取り巻く人々がみんな根の良いヤツばかりで、っていう事もありはします。


 ……とはいえ、じゃあそういう諸々が不満なのかと言うと、読んでて気持ちいいわけで。うん、時間を忘れて読みふけるくらい面白かったのですよ。
 人物をみんな、どこかしら愛すべき人に書いてしまうというのは司馬遼太郎とかも少しある部分だしなぁ。歴史小説を面白く書くコツの一つなのかも知れません……(笑)。


 何より、大半の読者にとって縁遠い時代と題材、人物たちがわんさと登場するにも関わらず、ダレずに読ませる手腕はとても素晴らしいですねぇ。
 それに、付け焼刃ではない筆者の下調べ、テーマに選んだ人物への入り込み方にも好感を持ちました。たとえばですが、作中で重要人物の一人である儒家の林読耕斎、この人ウィキペディアに個別のページが無いくらいマイナーなのです(笑)。
 こういう骨太の取材、一般の知名度などぶっちぎった書きぶりは清々しく、とても良い。インターネットの集合知といえど、一作家の入念な下調べの前では霞む、というのを見せられると、なかなか嬉しくなります。そうこなくっちゃ。


 光圀といえば修史、歴史の話は避けて通れず。しかしそこも通り一遍ではなくて、よく踏み込んでいたように思えます。私もこれ読まなかったら、光圀が林家の『本朝通鑑』の記述に抗議したエピソードだけで、安易に光圀と林家の仲が悪かったような想像をしてしまっていたところでした。話はそう単純でもない、と。


 ともあれ、周到な下調べと、それをストーリーに落とし込む手際、そして単純に小説としての面白さ、すべてにおいてハイレベルな、さすがの出来でありました。
 歴史小説というと、どうしても戦国時代の有名どころとか、一部に限られてしまいそうなところ、第一線の作家さんがこうして可能性を広げてくれているというのは非常に頼もしいです。