機動戦士ガンダムAGE 第42話「ジラード・スプリガン」

     ▼あらすじ


 Xラウンダー対応のMSティエルヴァで出撃してきたジラード・スプリガンは、驚異的な戦闘能力で連邦軍の部隊を撃破していく。そして、キオの乗るガンダムを執拗に攻撃し始める。
 ジラードはかつて連邦のテストパイロット、レイラ・スプリガンだった。しかし軍上層部の無軌道な実験により、恋人のジラード・フォーネルを失い、事件の原因を隠蔽された事から連邦に復讐を誓ったのだった。
 押されるキオを見かねたフリットもまたAGE-1グランサで出撃、一方でジラードの強力なXラウンダー能力には、変調の兆しが見え始めていた。



      ▼見どころ


 ジラード・スプリガンの過去エピソードを中心に描かれる第42話。
 この回は、フリット編のファーデーンでのエピソードと並んで、AGEでも特に「必要なかったんじゃないの?」と言われる事の多いパートです。しかし、実はそうした回に登場したセリフや展開が、AGE全体のテーマを考える上でむしろ重要だったりします。この第42話も、歴代ガンダムにおける最大の問題のひとつを駆け足で浮き上がらせており、実は見どころの多い回です。
 というわけで、一つ一つ確認していきましょう。しかしその前に、まずはメカの話から。




      ▽AGE-1グランサ


 この回に登場するAGE-1の強化形態が、「グランサ」です。



 AGE-1グランサ


 本放送時、このグランサを見て膝を打ったのを思い出します。
 フリット・アスノ自身もXラウンダーですし、敵側にもXトランスミッターなどの遠隔攻撃端末を持つ敵が複数存在する事がわかっています。であるならば、AGE-FXに続きファンネル装備の強化プランが来てもおかしくないのですが……ここでAGE-1に施された強化は、正に「フルアーマー化」なのでした


 初代ガンダムの機体の局地戦仕様や強化案を、プラモデルを介して創造していった「MSV(モビルスーツバリエーション)」において、ガンダムの強化プランと言えば何と言ってもこれ、「フルアーマーガンダム」です。増加装甲と大火力化こそが、ファーストガンダム世代におけるガンダム強化の定番だったのです。
 その後、『Zガンダム』においても、「Z-MSV」に「フルアーマーガンダムMk−II」がありますが、劇中ではGディフェンサーとの合体により航続距離と火力をアップさせるスーパーガンダムが描かれました。可変MSが登場して以降の宇宙世紀ガンダムにおいては、ガンダムのパワーアップも「フルアーマー化」以外に「高機動化」というパターンが出て来たわけでした。
 AGE-1はフリット編においては、タイタス、スパローなどGガンダム的な、低年齢向けアニメに近い感性のバリエーションが選ばれていましたが、三世代編に至って、フリットの乗機がMSV的な感性で再登場してくる、というのはなかなかに面白い趣向だと思っています。
 元々、AGEのストーリー全体の意図からだろうと思いますが、UEの描かれ方が一般的なガンダムの敵組織イメージとかなり異なり、結果として初代ガンダムとその派生にあたる想像力(MSVや『ガンダムセンチュリー』のようなミリタリー的なイマジネーション)がフリット編にはほとんど見られず、この点がAGEという作品のファーストインプレッションにも影響しましたし、フリット・アスノファーストガンダム世代の代表として描くことの苦戦にもなっていくのですが……しかし、このグランサのデザインは、少し盛り返しているように思います。あくまでも少し、ですが。


 さて、そんなフリットも登場したところで、今回のメインの話題。



      ▽ニュータイプとXラウンダー(4)


 前回の解説で予告的に書いたように、キオ・アスノはこのルナベース戦に至って、初代ガンダム以来の重要テーマ「人は分かり合えるか」という部分を急激に強調してきています。前回はそれを、アムロララァを引き合いに出して少し言及したのですが……ここに至って、ついに明確化してきます。
 これまで、たとえXラウンダー同士であっても、音声や通信を介さずに相手と会話をする(テレパシーあるいは念話を行う)場面というのは基本的にAGE劇中にはありませんでした。フリットとデシルが、手が触れ合った瞬間に特殊な「感じ」をもったり、あるいはユリンが撃破される前後にフリットが森の中の情景を幻視したり、といった場面はありますが、いずれもテレパシーといった描写ではありません。
 第39話「新世界の扉」でも、キオとイゼルカントは通信を介して会話しています(その証拠に、非Xラウンダーのアセムも会話を一緒に聞いています)。
 ところが――



(ガンダム!連邦を見限ったわたしの覚悟、見せてあげるわ!)
(えっ? あなたは誰?)


 AGE放送開始から40話以上、ここに来てXラウンダー同士がテレパシーによる会話を始めるのです。
 そしてさらに、この回最大のハイライトとして、キオはこれまでAGEが描いてきたXラウンダーイメージを根底から覆すセリフを口にするのです。



「あなたや僕が持っている力は、こんなことに使っちゃいけないんだ!」
「坊や、何を甘いこと言ってるの?! この力は戦うためのもの! 復讐を遂げるためのもの!」
「そんなの違う! この力を使って、戦争を止めたいんです!


 ……このセリフが、どれほど恐ろしい意味か、ここまで記事をお読みの方にはお分かりかと思います。



「今、ララァが言った! ニュータイプは戦いをする道具ではないって!」


 そう。キオはAGEの世界でただ一人、Xラウンダーの力を「戦いを止める力」だと言っているのです。


 第5話の解説、そして第12話の解説で項目立てして解説したように、『ガンダムAGE』におけるXラウンダーという能力は、単に使用されていなかった脳の領域を使えるようになった人の事であり、その能力発現は特に「宇宙という環境に適応した」から、といった理由づけもありません。結果として、ニュータイプという概念にはついて回っていた「人の革新」「誤解なく分かり合える人々」「戦争などしないで済む人類」といった意味付けも、まったくされていませんでした。
 それどころか、本来ならアムロに相当する位置にいる人物フリット・アスノからして、第21話解説記事で見たように、自らパイロット養成プログラムの中にXラウンダーを組み入れている=Xラウンダー能力を「戦いをする」ための能力であると規定しています。
 従って、ジラード・スプリガンのセリフ「この力は戦うためのもの!」というのは、AGEの世界に限って言えば全面的に正しい。キオの言う事の方が、これまでのAGEの世界観にあっては異質なのです。


 キオの発言は、結果として、今まで違うものとして描かれていた「Xラウンダー」と「ニュータイプ」を、一気に同質のものとして近づけてしまう内容になっています。


 このキオの姿勢が、果たしてどのような結果をもたらすのか……ルナベースを巡る戦いの中で、そして三世代編全体をもって、AGEの脚本は示していく事になります。



      ▽ジラード・スプリガン


 この第42話の、ほぼ半分近くはジラード・スプリガンの過去の回想です。
 1,2話前に登場したばかりのキャラクターの過去にこれだけの尺を与えるというのは、常に尺不足で詰め込み過ぎ脚本になっているAGEにおいては異例中の異例と言えます。
 では、そこで何が起こったのか、といえば、詳細は端折りますが



 Xラウンダー能力を増幅する装置の実験中に暴走が起こったのでした。
 こうしたXラウンダー能力の戦闘利用のための技術は、AGEではヴェイガン側が「ミューセル」という形で先に実用化していました。それも、使用者の身体に悪影響を及ぼすものであることが、第25話「恐怖のミューセル」に描かれています。
 そして、先述の通りアセム編においてフリットもXラウンダー能力をパイロットの適性試験に組み込むなど、戦闘能力として捉えている次第ですから、連邦でもXラウンダー能力を人為的に開発する取り組みがあるのは極めて自然な事でした。


 とはいえ、こうした人為的Xラウンダー能力の増幅は、当然のことながら歴代ガンダムにおける強化人間をも思い起こさせます。
 特にジラード・スプリガンについては、初登場時点からの好戦的な発言のせいで一見そうとは見えませんが、髪色などが



 フォウ・ムラサメと似た配色にデザインされている事は、留意する必要があります。


 言うまでもなく、フォウ・ムラサメは『Zガンダム』に登場した最初の強化人間であり、主人公カミーユ・ビダンに大きな影響を与えた人物でした。
 ここでフォウの名前を出すのは、何も髪色が似ているからだけではありません。連想を結びつけるファクターが、この回いくつか散らしてあります。たとえば



「ジラードって、本来は男性の名前ですよね」


 ……という会話から彼女の過去に話が飛ぶわけですが、結局彼女の本当の名前はレイラ・スプリガンであり、亡くなった恋人ジラード・フォーネルの名前を自ら名乗る事になったのです。
 これもパッと見では、彼女の復讐の経緯を表しただけの趣向に思えます。が……名前を巡るこの転変は、ただそれだけを意識しているとは思えません。身体的な性別と、名前が表す性別の乖離



カミーユが男の名前でなんで悪いんだ。おれは男だよ!」


 これを思い出さないわけにはいきますまい。
 カミーユという名前を巡る彼のコンプレックスは、ホンコン編にてフォウ・ムラサメと出会った事で変わっていきます。



カミーユか、優しい名前ね。うふふふふふ、自分の名前、嫌いなのね?」



「私の名前、好き?」
「いい名前だ、好きだよ」
「私は嫌いよ」
「なぜさ。響きのいい……」
「今の施設で4番目だったからフォウなの。ナンバー4」
「本当の名前は?」
「わからないわ。私には昔の記憶がないのよ。知りたいんだ、昔のこと。それを探していたの」


 お互いの名前を巡る会話を交わすカミーユとフォウは、やがてMS戦の最中に再び会話を持ちます。まるで取りつかれたように自分の過去、家族との不和や幼馴染の話をフォウにぶちまけるカミーユは、やがてもう一度名前の話を口にします。



「幼馴染の子が母親代わりに僕に言うんだよな。『爪を噛む癖を止めなさい! カミーユ!』って。いつもだ! 『カミーユ止めなさい!』って。僕にはそれが嫌だった。だってさ、『カミーユ』ってのは女の子の名前だ! 大っ嫌いだったよ! ずーっと!
「それで?」
「そう、だから、僕は空手をやった。ホモアビスもやったし、モビルスーツも作ったりもした。男の証明を手に入れたかったんだ……!」
カミーユ?」
「俺……俺は、何を喋ってるんだ? ふ、フォウ、お、俺……何でこんなことを……?」
カミーユ、もう一度だけ聞いて良い? 今でも『カミーユ』って名前、嫌い?」
「……好きさ、自分の名前だもの……!」


 女性の名前に悩んでいたカミーユは、フォウ・ムラサメとの会話を通して自分の名前、そしておそらくは自分の過去や自分自身を許容できるようになっていきます。一方、「フォウ」という名前を嫌いなままのフォウ・ムラサメは、自身の記憶を求め続ける事になります。


 レイラ・スプリガンは、いってみればカミーユの逆のパターンを辿っています。恋人の死と、その真相の隠蔽という認めがたい過去に対する断絶の刻印のように、あえて異性の恋人の名前を自らに科し、今の自分と過去の自分を乖離させた事になります。
 もし、ジラード・スプリガンにとって「レイラ」という名前がそうした意味だったとすれば、



「連邦にいたレイナ・スプリガンという女はもうどこにも存在しない!」
 ……というフリットの発言が、どれほど残酷に響いたかは察するに余りあります。このセリフの直後、キオは



 驚愕の表情。



 ジラード・スプリガンも一瞬、こんな表情を浮かべていました。
 「レイナ・スプリガン」を否定する事は、フォウ・ムラサメから過去の記憶を奪うのと同じ、決定的なアイデンティティ・クライシスをもたらす事になるという次第です。


 ……と、以上のように、「レイナ」「ジラード」という名前を巡る要素を介して、Zガンダムの強化人間、特にフォウ・ムラサメのイメージがここで召還されているように見る事もできる、というのが筆者の解釈です。
 そしてそのようにして見ると……筆者は残念ながら未読なのですが、このジラード・スプリガンの過去のエピソードというのは、


『フォウ・ストーリー そして戦士に……』という外伝小説のオマージュのようにも思えるのでした。実験パイロットをしている間に、親しい人物が死亡するというプロットが似ています。


 無論の事、この「強化人間」というモチーフは後続作品にもたびたび登場しました。宇宙世紀作品は言うに及ばず、『ガンダムSEED』シリーズのブーステッドマンや、『ガンダム00』の超兵といった設定にも引き継がれていく事になります。
 AGEの世界には、直接こういった身体レベルまで強化された兵、という設定は出て来ていませんし、これ以上そんな設定を入れ込むほど脚本に余裕が無いわけですが、そんな中でジラード・スプリガンの過去エピソードは強化人間を連想させるイメージを、様々に取り込んでいるのでした。
 そして、ニュータイプの交感、強化人間という宇宙世紀ニュータイプを巡る重要設定を次々とストーリーに織り込みながら、次回いよいよ撒いた種の回収に入る事になります。一体、こんな駆け足のダイジェストを無理やり繰り込んでまでAGEの脚本は何を再確認したかったのか、次回の解説記事で見ていきたいと思います。


 ところで。
 レイナ・スプリガンがジラード・スプリガンへと変貌した契機についてですが、これは別な見方も企図されている事も見て取れます。これも忘れるわけにはいかない問題です。
 というのも、回想シーン中で、レイナの恋人であるジラード・フォーネルはこのように言っているのです。



「レイナとなら、昔からの夢をかなえられる気がするんだ。あったかい家庭を持つっていうね」


 このようなセリフを残したジラード・フォーネルが死亡し、残されたレイナ・スプリガンがヴェイガンに寝返ったという事になります。つまりレイナが奪われたのは、家族を持つチャンス、さらに言えば世代を後につなぐチャンスでした。
 第37話の解説で書いたように、連邦側がアスノ家に代表されるように家族をもって世代を後につないでいるのと対照的に、ヴェイガン側は家族の気配が極めて希薄です。明確に描かれてるのはフリット編のギーラ・ゾイとアラベル・ゾイくらいであるように思います。そして、ヴェイガン側では過酷な環境のために世代をつなぐのが困難なのを、コールドスリープのような延命技術で補っているのでした。
 つまり、レイナがヴェイガン側に移ったというのは、彼女が「あったかい家庭」を持つチャンスを奪われたから、と見る事もできるという事です。それは、ヴェイガンが地球種を憎む事情と相似をなしている、と見る事も出来ます。その点では、キオが



「あなたは連邦のパイロットだったんですね?」
「それなら! ヴェイガンと連邦、両方の事情がわかるはずです!」
 ……と言ったのは、ある意味で正しいとも言えます。ジラード・スプリガンの戦う理由は、ヴェイガンの大多数の兵とかなり共振し得るものだったのでした。
 しかし、そうであるからこそ、彼女はキオとも、連邦とも分かり合えないという事になります。いみじくも彼女自身が言った通り、



「連邦に話すことなんてない! あなたになんか、分かるわけないわ!
 という事なのでした。


 ……というわけで、駆け足にですが、ルナベース編でAGEが描こうとしている問題のアウトラインを、大急ぎでなぞってきました。前回と今回述べてきたテーマが、次回とりあえず一段落する事になります。
 この第42話は、他にもゼハートを説得するアセムのセリフなどに見どころがあったりもするのですが、またの機会に回しましょう。とりあえず次回、このとっ散らかった脚本意図のまとめにトライしてみたいと思います。引き続き、お付き合いいただければ幸いです。



※この記事は、MAZ@BLOGさんの「機動戦士ガンダムAGE台詞集」を使用しています。


『機動戦士ガンダムAGE』各話解説目次