魔人ドラキュラ



 ドラキュライメージを決定づけた古典的怪奇映画。こんなのも置いてあるツタヤ、ちょっとありがたいぞ。
 無論の事、学生時代から妖怪だの怪物だのに関心があったわけなので、この辺の映画にも興味は持っていたものの、結局今まで原典に当たらずに来てしまったのは他のジャンルと同じ。しかしせっかくの機会ですから、これも見てみる事にしました。


 で、DVDをPCに入れて、勇んで再生ボタンを押したら……画面に淀川長治さんが登場して面食らうなど(笑)。そうだった、これ淀川長治さんのチョイスによるクラシック映画コレクション、ってシリーズだったのでした。しかしここで淀川さんの解説が聞けるとは……。
 考えてみれば亡くなってからもう十年以上、実に久しぶりに独特の語り口を耳にしたわけで、もう何ていうか満足してしまって、これだけ見て終わりでいいかな、と思ったくらいでした(笑)。いやぁ、懐かしかった(ちなみに職場の若い子に聞いてみたら、もう淀川さん知らなかったし見た事もなかった。時の流れは残酷ですな)。


 さて、そんなわけでドラキュラ。とりあえず冒頭のタイトルに合わせて流れるBGMが白鳥の湖で、思わず「お前は白鳥じゃなくてコウモリだろ」とツッコミたくなるなど(笑)。


 本編についてですが、これはたまたま事前に原作小説を読んでいたのが幸いしたな、という感じです。けっこう展開が端折ってあるので、原作を先に読んでないと細かい所が分かりにくい構成になってると思います。たとえば、ルーシー結局どうなったんだよ、とか(笑)。
 しかし逆に原作を知った上で見ると、長めの原作を映像化する際に、どこをどう詰めて短縮するかの工夫が非常に巧みで、けっこう面白いところでした。原作では主人公格の一人であるジョナサン・ハーカーがトランシルヴァニアに出向き、そこでドラキュラ伯爵と最初の遭遇をするのですが、この映像版ではトランシルヴァニアでの展開を大幅カットするために、原作で伯爵の下僕として登場するレンフィールドをトランシルヴァニアに行った人にして、そのまま一緒にロンドンまで連れてきた、と。なるほど上手い工夫です。上記にリンクを張った原作小説の感想でも書きましたが、元々原作でもストーリーが面白くなるのは伯爵がロンドンに来てからですから、そこまでの展開はいっそ端折っちゃった方が良い、と。


 一方の映像表現も、なかなか楽しめました。1931年の作品とのことですが、SFXも特殊効果もあまりなかった時代に、この世ならぬ存在を色々と手練手管を使って表現していくんですね。この時代にここまで出来たのか、と感心したところが結構あり。
 無論、技術的な、あるいはその他の制約もあったのでしょう、色々と決定的なところが映されていないという部分もあります。ドラキュラ伯爵がコウモリや狼に化けるシーンは仕方ないとして、伯爵が血を吸うシーンも直接には映されていない。首筋に顔を近づけるところまで。
 しかしそういう制約があるにも関わらず、ドラキュラ伯爵の存在感が圧倒的なのは、やはりシナリオとカメラワークと、役者さんの演技なのでしょうね。
 特に、原作にはなかった、ドラキュラ伯爵とヴァン・ヘルシング教授とが向かい合っての直接対話・対決のシーンなんて映画ならではのサービスで、非常に見応えがあり。
 原作小説の要点だった、「科学と怪異の異種格闘技戦」「情報戦」といった側面は映像化の過程で消えざるを得ないわけですが、その代わりとなる見どころをなんだかんだでちゃんと組み入れてくるものだなぁ、と。その辺、さすがです。


 ヘルシング教授の造形も良いんですよ。お辞儀とか、一挙手一投足がぎこちなくて、いかにも学者バカって感じの演技になってるわけです。少し頭でっかちそうなキャラが良く出ていました。
 そんな感じで、細かいツッコミ所はいろいろあるけれど、映像としての面白さで言えばさすが名作の誉れ高い作品だけの事はあるな、という感想でした。



 それにしても。
 ドラキュラ伯爵が部屋に侵入するのを防ぐために設置される植物があるのですが、原作小説ではニンニクだったのが、この映画版ではトリカブトなんですよね……一体、どういう事情で変更されたのでしょうか。私、気になります(笑)。