変身物語
- 作者: オウィディウス,Publius Ovidius Naso,中村善也
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1981/09/16
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- 作者: オウィディウス,Publius Ovidius Naso,中村善也
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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ギリシャ神話関係の読書を続けていて、その関連でこちらにも手を伸ばしてみました。いずれ読まなきゃ読まなきゃと思ってたタイトル。
とりあえず、読み始めてしばらくは、ギリシャ神話とローマ神話との微妙な隔絶に戸惑っていたせいでなかなか読むスピードがあがりませんでした。ゼウスはユピテルで、ヘラはユノー、アプロディテはウェヌスでアテナはミネルウァ、という具合に、ほぼ同一と見られる神格が違う呼ばれ方をしていて、なおかつ完全に同じかと言うと微妙に違ったりとか。
神話の方も、『神統記』にはなかった洪水神話があったりして、ギリシャ神話とローマ神話は思ったより趣きが違うのだな、と思わされたりしました。そのくせ、個々のエピソードはそれなりに共有してるものもあるから余計に複雑、という。
10/4追記 その後、アポロドーロス『ギリシア神話』で、同様の洪水神話を確認しましたので、どうもこれはローマ神話から新たに加わった要素ではない様子。おわびして訂正します……なかなか、全貌をつかむのは大変なようで。
そしてタイトル通り、変身、変身、また変身という展開。基本的には、人間が神々の気まぐれや欲望に振り回されて、理不尽に変身させられたりひどい目にあったりするエピソード集でありました。ただ、面白いのはそういう個々のエピソードを、作中人物が語る噂話にしたり作中詩人が歌う詩の内容にしたり、様々な手練手管を使って続いた物語であるように再構成してるところで、この辺は聞き手へのサービスもあるのかなと。まぁ、私のように個々の説話を比較神話学的に参照しようとしている身にとっては、かえって複雑になるので困る趣向でもあるんですが(笑)。
あと、ギリシャ・ローマの叙事詩は、有名人物の使い回しというか、聴衆を楽しませるためのサービスが上手いよな、という感想もあり。誰もが知ってる英雄が、別な話のチョイ役としてゲスト出演する楽しさって現代もあると思うんですけど、そういう呼吸がこの時代の叙事詩にはすごく強いよなぁという感覚がありました。特にネストルが人気なようで(笑)。『イリアス』でご意見番的に活躍してたネストルは『オデュッセイア』でも出て来てますが、この『変身物語』でも若いころのちょっとした活躍がちらりと語られたりしています。なんか、ネストルは200年以上も生きてるとかいう記述もあって、驚かされたり。
一方で、なんか不気味な話も多いのですよね。特にバッコス関連に多くて。バッコス祭祀を拒絶した男が、実の姉と母親に腕と首もぎとられて殺されたり。竪琴の名手オルペウスが、バッコス信者の女たちに理由もなく惨殺されたりとか。何とも言えない感じがします。個人的に古代の話と言うと、説話集や童話集によく見られるように、因果応報、教訓的に理由のある者がひどい目に合う形式に慣れているわけなので、まるで今日のサイコキラー見たような理不尽な暴力がたびたび現れるマッポーな展開に、かなりガクガクブルブルでした(笑)。
一方で、恋愛関連に情緒を盛って語るのは作者オウィディウスの十八番だったんだろうな、という感じで、禁じられた恋とか語る所は非常にノリノリだったり。逆に、『イリアス』で活躍してた英雄たちの描き方は、個人的にちょっと不満だったりもしましたが。なんか、アイアスはそんな肝っ玉小さい事言わないだろ、みたいな違和感があったりもしましたが、この辺も作家性が出ているところなのでしょうね。
正直に言えばオウィディウスの人間観、人間描写は、ホメロスのそれに比べて個人的にあまり好きではなかったのですけれど。しかし、個人的な好き嫌いを超えて、やはり巧みだなと思うところも多々あり。名作古典を読んだり見たりし始めたここ数か月、ずっと充実しているというのは、つまりそういう部分によるところが多いのかなと。
最後の方はローマの話になっていまして、ローマ建国で著名なロムルスや、ユリウス・カエサルの話も出てきたりするのですが。それらを抑えて、最終巻で圧倒的なボリュームを占めているのがピュタゴラスの演説でした。彼のここでの主張は「万物は流転する」って内容で、高校時代の倫理の教科書を思い返すかぎり「それお前の主張だったっけ?」という感じなのですけれど(笑)。しかし、まさに人間が動物へ、植物へ、無生物へと変身し続けてきたこの物語の末尾を飾るに相応しい、「万物は転変して姿を変える」という基調講演になっていて、これもこの叙事詩の構成の面白さだなと。同時に、そういう役回りがピュタゴラスに与えられている事にも、奇妙な面白さを感じたのでした。
あともう一つ、この『変身物語』では、ローマという都市は、ギリシャ軍に滅ぼされたトロイアを継承する形で成立した事が強調されています。トロイアの生き残りであるアイネイアスが、祀られていたウェヌスの神像などと共に航海の末たどりついて、やがて成立したのがローマだったというわけで。
個人的に、ローマとトロイアという二つの、時代も場所も違う都市をつなげて考えた事も無かったので、なかなか興味深く。私が考えてるより、古代ヨーロッパ史におけるトロイアって重要な場所だったのかもな、と。
この辺は、いずれもう少し深く探ってみても面白いのかもしれません。
とはいえ、今はぐっと我慢して、基本文献を読み漁るフェイズにて。次はギリシャ神話関係を巡る読書の総仕上げに、アポロドーロス『ギリシア神話』を読む予定です。
そんな感じで。