メノン
- 作者: プラトン,藤沢令夫
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1994/10/17
- メディア: 文庫
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もうこうなったら、手当たり次第に名高い古典を絨毯爆撃してやろうってわけで、プラトン。
今までこのブログで何度も書いてきましたが、私は思想哲学関係は苦手です。端的に私にその素養がないままだったからで、ですから読者がカントとかヘーゲルとかを理解している事を前提にして書かれた本は出来るだけ避けてきました。
そんな私でも、わりと気軽に読めたというのが、プラトンの対話編のありがたいところなのかな、というのはやっぱりあります。難しい用語や、前提として理解しておかないといけない事が少なく、手ぶらで参加できるというところ。
まぁそういうわけなので、有名な本は手当たり次第に読むと言いつつ、どこまでいけるか、手ぶらで読める範囲内までで留めておくかもしれません(笑)。
プラトンの本は昔、『ソクラテスの弁明/クリトン』だけ読んだことがありました。その時の率直な感想は、「ソクラテスって、イヤミなおっさんだな」でした(笑)。実は今回『メノン』を読んでる間も若干そう思っていて、議論は面白いんだけど、言葉の端々に皮肉の類いがてんこ盛りに盛られていて、そりゃお前こういう話し方で悪目立ちしてたらしっぺ返し食うだろ、的な感想もぶっちゃけありました。まぁ、書いてるプラトンも薄々そう思ってるのか、ソクラテスの対話相手に「そういう話し方を知人のいない他のポリスとかでやったりしたら恨みを買いますよ」みたいに言わせたりしてるんですけれども……w
途中、メノンの召使い相手に幾何学の話をしてるシーンなんかを読んでても、もし私に子供がいて、ソクラテスを家庭教師に呼べるなら大枚はたいても良いよな、と思うのですが、一方でもし私がソクラテスの弟子になる機会を与えられたとしたら、遠慮してしまうような気がします。なんか勘違いした事をうっかり口にしたら、すっごい時間をかけてネチネチ指摘されそうw
ソクラテスの話は、やっぱり面白いです。
「徳は教えられるのか?」という問いに対して、「そもそも徳とは何か、というのが分からないとその問いには答えられないよね?」っていうような、「そもそも論」の類いは決着しそうな話をひっくり返したりしがちで現実でやると嫌われやすいですが(笑)、でも機を見てこういう「そもそも論」をやっておくのは、やっぱり大事だよなぁと、それは日ごろから思うところ。
この『メノン』については、一度ソクラテス自身も受け入れて下した結論を後の方になって覆したり、という展開の変化もあって、読み物としても面白いんじゃないでしょうか。もちろん、現代の感覚からいって肯けないところも少なからずありますが(生まれ変わりを前提にした想起説とか)。その辺差っ引いても、普通に読み物として楽しかった。
逆に巻末の解説読んで、そこまでの内容が高校の倫理の教科書で見たような、私の脳内の「難しい哲学の系譜」につなげられちゃうと、途端にその「楽しかった」感想が少し揺らいで自信なくなってしまったり。
でも、多分、そういう哲学の系譜ばかり意識して読むより、手ぶらでソクラテスとメノンたちの会話に参加して、素朴に面白かったという感想を大事にした方が、多分ソクラテスも喜ぶんじゃないかな、などとも思わないでもないわけで。
そんな感じで。せっかく取り掛かったので、もう少しプラトンを読み進めてみます。