弁論術


弁論術 (岩波文庫)

弁論術 (岩波文庫)


 ぼちぼちアリストテレス。こちらは議会や法廷などで弁論を行う際に必要・有用な技術を縷々述べた書籍。これもどちらかといえば実践書な感じ。


 弁論家といえばプラトン作品中でソクラテスがボッコボコに批判した存在ですが、アリストテレスはそうしたプラトンの見解を真っ向引き受けた上で、しかもそこに反発するわけでもなく、批判点を踏まえてアップデートしようとしている姿勢が見られて、その辺はなかなか読んでいて快い感じでした。
 とはいえ、そこで述べられている内容はというと、おそらくプラトンが読んだら眉を顰めそうな感じで(笑)。とある法律が自分たちの主張に有利ならその重要性を強調し、不利ならその不備と無効性を強調して弁論せよとか、どう考えてもソクラテスにボコボコに批判されそうなスタンスに見えます。
 まぁでも、弁論を専門職にするなら、やっぱりそうならざるを得ないというのも分かる話で。どんな犯罪容疑者にも弁護士をつけるべきであるように、弁論もそれを為す人の主観だけで選り好みしてるだけでは立ちいかないという事なんでしょう。欧米の方でさかんに行われてると耳にするディベートというのも、こういうアリストテレス的スタンスが根っこにあるのかなぁと思ったり。


 特に、単なるTIPSに留まらず、自らの弁論が聴衆に狙った効果を与えるためにという事で、人間の感情が発生する状態や条件などを怒涛のように述べまくる辺りは、さすがの徹底ぶりというか何というか。なかなか圧倒されるものがありました。
 私自身は、恐らくこの本で読んだことを直接実践するという機会はあまり無かろうと思いますが、しかしアリストテレスという人のスタイルというか、そういうものが分かったと言う点では大変面白い読書でありました。演繹法を生み出したのがアリストテレスなので演繹の人というイメージでしたが、『動物誌』書いたり、この本でも明らかにつぶさな人間観察を元に人の感情の詳細を列挙しまくったり、けっこう帰納っぽい思考法をしてる人だなという印象を強く受けた次第。むしろプラトンの方が、演繹的なやり方を堅持していると思えます(ソクラテスはよく話の途中で、「ところであなたは、○○というものを認めるかね?」と質問し、相手がそれを認めるとそこからみるみる議論の本質に進んでいくわけで)。
 まぁ、この辺はそんなにすんなりと割り切れるものでもないでしょうが。


 正直、序盤はアリストテレスのスタンスを掴みかねていたので少し苦戦しましたが、後半は大変分かりやすく明確なノウハウについての内容だったので、どうにか読みこなせたかなとは思います。
 それにしてもアリストテレスは、人間をよく観察してるなと思います。人が人に友情を感じるのはどういう時かを列挙した中に、名誉を競う相手を挙げていて、つまり「強敵」と書いて「友」と呼ぶケースもちゃんと記述されていてちょっと感動したりしました(笑)。


 アリストテレスについては、『ニコマコス倫理学』とか『形而上学』という大物が控えているわけですけれども(『政治学』は今、岩波文庫では切れてるのかな?)、そちらではまた別の顔を見せてくれるのかどうか……とりあえず、順番に進めていきたいと思います。
 とりあえずそんなところ。