動物誌(上・下)


動物誌 (上) (岩波文庫)

動物誌 (上) (岩波文庫)

動物誌 (下) (岩波文庫)

動物誌 (下) (岩波文庫)


 アリストテレス作品をおっかなびっくり読み進めているところですが、さて『動物誌』です。
 哲学方面はからっきしの私ですが、例外的にこの本は以前から気になっていたタイトルで。というのも、荒俣宏博物学本でたびたび名を見かけていたのでした。なのである意味、楽しみにしていたタイトル。


 で、実際に読み始めてみた感触ですが……うん、正直に白状しますと、私はこの時代の「各動物に関する言い伝えや伝説」、今日の視点からは誤っている、けれどその後の時代に広く信じられていたようなイメージ……つまりアリストテレスの記している誤った情報を拾うつもりで読み始めたのです。私は別に生物学をガチで修めるつもりはなくて、むしろそういう「当時このように信じられていた」という情報を集めて、神話や伝説を読解する際の武器にしようという目論見でいたわけで。
 ところが読み始めてみたら、冗談じゃない、とんでもない情報の正確さに心底から驚かされたのでした。もちろん、今日の動物学の視点から見て間違ってるところもあるし、その辺は逐一注釈に指摘されてるわけですが……そういう細かな誤りを差っ引いても、およそ紀元前の人が把握していたとはとても信じられない正確さで、もう敬服するしかなかったわけでした。
 実際、イルカやクジラが哺乳類だって事も、タコやイカの身体の構造も、カッコウの托卵も、全部記述されてるわけです。それどころか人間の解剖学的な身体構造に関する記述もあって、間違いなく『解体新書』以前の日本や東洋の医学より正確で詳しい。否、『解体新書』についてる杉田玄白の所見より、場合によったらアリストテレスの記述の方が今日の視点から見て正しい所もあるんじゃないかしら。紀元前ですよ? 今から二千数百年前ですよ?
 もうね、圧倒されるしかないです。


 そんなわけで、むしろアリストテレスを通して普通に生物学の勉強をしていたような有様になっておりました(笑)。タコやイカのような頭足類って、足-頭-腹、って構造になってるのね。言われてみて初めてその事を認識しました。そうか、タコのあのでかい頭に見える所、あれが腹なのか! って。まったくもって己の不明を恥じる次第w
 他にも、ホタテガイの体表面には複数の目がついてるとか、ハトの喉元には素嚢って器官があって、そこで素嚢乳って液体を分泌して雛に与えて育てるとか、目から鱗が落ちる話の連続でございました。はい。


 それと同時に、アリストテレスと言う人のイメージも大きく変わったように思えます。もちろん、この本の存在は知っていたのですが、それでもやはり『形而上学』の人、というイメージがどうしてもあって。まさかこんなに形而下の動物観察などにエネルギーを燃やした人だと思っていなかったのでした。
 もちろん、漁師や猟師などから聞いた伝聞情報が中心ではあると思いますが、それだけではなく明らかにアリストテレス自身が観察したり解剖したりした知見が記述されているのを強く感じます。それが既述の端々から出ていて。明らかに、アリストテレス自身が歩き回ったり虫に刺されたり鳥の糞ひっかけられたりしながら集めた情報が、ふんだんにこの中にあるのだろうなと。
 本文中にカメレオンの身体構造がやけに詳しく書かれているパートがあって。注釈にもある通り、おそらく実物のカメレオンを入手して、観察し、解剖して既述したと思われるのでした。紀元前の哲学者がカメレオンと対面してたって、もうそれだけでワクワクするわけですよ(笑)。いやぁ、この人すげぇなと。


 そんな感じで、さすがに少々読み通すのが大変でしたが、十二分に楽しい読書でありました。さて、それでは外堀を埋めたところで、そろそろあの大物に取りかからねばなりませぬが……。