蜂


蜂 (1977年) (岩波文庫)

蜂 (1977年) (岩波文庫)


 引き続きアリストパネス。こちらは、裁判に陪審員として参加するのが大好きな父親と、それを阻止しようとあれこれ手を尽くす息子とのドタバタ喜劇。


 何といっても、その社会派ぶりに驚かされたというのが第一の感想で。同時代の政権や、社会事情や社会制度に関する批判に揺るぎがないというのにびっくりしたわけでした。
 何だかんだ言って、現代日本に住んでいると、「笑い」とか「喜劇」とかが「政治」と切れていること、現在進行形のドラスティックな政治問題からは距離を取っている事が普通という感覚になっているわけで。アリストパネスの取り上げる題材や、その描き方の鋭さにまず何より驚いたり戸惑ったりしてしまうというところがあります。
 それでいて、喜劇としてもすごいよくできてるのですよ。変にしゃちほこばったり固くなったりしてなくて、ドタバタ喜劇な場面はとことんバカバカしく、滑稽な場面はとことん滑稽だし。
 この二つが違和感なく同居して、両立して劇として成立してるってところに、まず何より感心させられたという感じでした。なるほど、二千数百年以上前の段階で、「政治」に対してこういう言及スタイルがきちんと確立されてたんだもんなぁ、そりゃあ「政治」に対する向き合い方も全然違ってくるよなぁと、若干打ちのめされるような気分にもなったり。


 無論の事、作者のアリストパネスが、笑いとシリアス、権力と自分、世間と自分、権力と世間、といったものに対して絶妙な距離感を把握していなければ、こうも見事に劇としてまとまらないわけで。なるほどこりゃ、とんでもないなと。


 まぁ、基本的に作中で揶揄やパロディの対象になっているのは同時代の有名人や政治家などで、当然現代に生きる私はその多くを知らないわけなので、せっかくの「笑うところ」で笑えないのが残念っていうのはあるわけですが。注釈読めば意味は分かるとはいえ、それってつまり「ここ笑うところですよ」って解説を読まされてるようなもんで(笑)、ちょっともどかしい感じはあります。それでも、一か所『オデュッセイア』のパロディ場面があって、そこは可笑しくてつい噴き出してしまったりしたので、やっぱ面白い劇ではあるんだろうなと思います。同時代の人はきっと、これ観てげらげら笑ってたんでしょう。


 さて、現在新刊で入手可能な、岩波文庫アリストパネス作品は残り一冊。ある意味一番期待してた『女の平和』です。こちらも読了しましたら、感想を書くかと思います。そんなところで。