女の平和


女の平和 (岩波文庫 赤 108-7)

女の平和 (岩波文庫 赤 108-7)


 岩波文庫アリストパネスもとりあえず一旦ここでラスト。ある意味一番気になっていた、『女の平和』です。
 もうなんか、あまりにも卑猥な下ネタ満載なお蔭で、巻末の注釈が「あれでこれがそれだったという」みたいな婉曲表現を多用せざるを得なくなっているという、大変愉快な一冊なわけですが(笑)。しかしそこは社会派アリストパネス、ただ卑猥なだけではなく。
 やはりこの作品は、セックスストライキによって戦争を止めてしまうという、その奇想天外な筋がすべてでありましょう。よくもまぁ、こんなストーリー考えたもんだと思います。しかも単にそれだけではなく、なにげにアテネアクロポリスを占拠するとか、わりと本格的なクーデターだったりもするし。


 表面的には猥雑なドタバタを描きつつ、実は水面下で高度なテーマ性を進行させてるという意味では、昔ちょっとだけ読んだ井上ひさし吉里吉里人』を思い出したりもしました。
 特に、占領されたアクロポリスを奪還しようとする老爺たちの言動の描き方とそれに対する揶揄は、明らかにミソジニーホモソーシャルに対する批判なので、よくもまぁこんな時代にこんなテーマを持ち出したものだと、そういう意味でも感心しきり。
 これをジェンダー論の観点から読んだらどうなるのか、はちょっとだけ気になったのですけれど、グーグル検索するとPDFの論文がいっこ引っかかって、その中ではあまり積極的に評価されてはいませんでした。女性側のアクロポリス占領は一時的なものであって、結局は女性が家庭に縛られる「秩序」が回復されてしまうからだとか何とか。まぁ分からなくもないけど、納得もできないなぁ、という感じ。
 もちろんこの作品がフェミニズム的に理想の社会や男女関係を描いた作品でない事は分かりきった事で。しかしこの時代の男性作家として、精一杯のテーマ的取組ではあったはずだよなぁ、と。そこは限定的にでも汲んでくれないと、男性側は結局、ジェンダー論やフェミニズムにどう接近して良いのか、ちっともわからないままだよなぁ、と。


 まぁそんな感じで、色々と考えさせられる部分もありましたが、そこはそれ、難しい事をスルーしてドタバタ喜劇として見ても十分楽しいのがアリストパネス作品の良い所、なのでしょう。
 ペロポネソス戦争に対する、言ってみれば「反戦」を掲げた作品ですけど、底抜けに陽気で開けっぴろげで卑猥で(笑)、日本で「反戦」と言った時の湿っぽい感じが少しもないというのも、なかなか新鮮でありました。


 いやはや、古代ギリシャの豊穣なこと。半年以上浸っているのに、全然飽きないのでした。さて……。