完訳グリム童話集



 一念発起してこれも読んでみました。やっぱ民話や昔話をいろいろ分析したりいじくり回してやろうと思ってる人間が、読んでないのはアカンだろ、という感じで。


 なんかこう、想像していたよりはるかに面白く読めた、という部分がありました。グリム兄弟の編集などもあるのかどうか、とにかく民俗学的な関心とかそういう事と関係なく、純粋に物語として面白い話がちょくちょくあって。予想外の展開があったり、手に汗握ったりとか、普通に楽しめてしまったというのがけっこうあります。
 特に「漁夫とその妻の話」は、ここ半年で最も怖い、ゾッとするような話でした。本読んで、あんなにドキドキしたの久しぶりじゃないかな。どんどん欲望をエスカレートさせていく漁夫の妻の様子もですけど、何より、明らかに尋常じゃない事が起こってるはずなのに、ただ淡々と漁夫の妻の願いをかなえ続けるカレイの様子も怖い。とんでもない不均衡が起こってて、「絶対にこのままじゃ済まない、済むはずがない」と思わされるからすごいドキドキしてしまったのでした。それでいてあのオチ。
 これって、「明らかにクリティカルな事が起こっているのに、その説明をしない」っていう、物語作りの中でもかなり高度な「あえて書かない技術」とでも言うべきもので、市井で語られていた童話としては破格の構成だよなと思いますし、とにかく素朴に驚いたことでした。


 そして同時に、グリム兄弟の編集によるものだと思いますが、民話や昔話研究という点でもすごく面白い構成になってると思いました。
 似たような展開、共通の小道具や会話パターンなど、重複部分のある話をかなり採用してるんですね。おそらくは意図的なのだろうと思います。違う話だけど、要所要所に共通するファクターがあるのが、読んでいて嫌でも目につきますから、自然とそうした要素ごとに整理分類したり、あるいは因数分解して並べたりしたくなる。そうしたくなるように仕向ける、絶妙な話の並べ方がされてるなと思いました。
 おそらくは、そういう効果を読者にもたらすという事も含めて、本書が名著なんだろうなと思った次第です。


 そんな感じで。得るものも多く、非常に有意義な読書でした。まぁ、ていうかもっと早く読んでて当然の本だったわけですけどね! どうなのよ俺。


 あ、あと、翻訳が独特だったのもこの本の味わいポイントだと思います。どんな美しい姫でも、寝るときには容赦なく「ぐうぐう寝てしまいました」って書かれてしまうところとか、どこか牧歌的な表現の数々が味わい深いです(笑)。
 いろんな関心から、いろんな楽しみ方が出来る、非常に面白い本でした。
 さて、次。