文語訳新約聖書



 『カンタベリー物語』を読んで、やっぱ聖書読んどかないと色々わかんねぇ、と実感した結果、意を決して読んでみた新約聖書です。
 言うまでもなくキリスト教の教典なわけで、それを信仰者でない者が読んで「感想です」っていうのも畏れ多いというか不遜というかいろいろアレなのですけれども。とはいえ、信仰者でなくとも、読んでおかないと西欧文学のあちこちで躓くことになるので、まぁしょうがない。


 福音書については、今まで断片的にしか知らなかった事が筋道立って把握できたので、なかなか有意義でした。冒頭から知らなくて驚いたんですけど、イエス様ってアブラハムダビデ、ソロモン王と血筋がつながってるのね。
 やっぱりこう、超然とした言動を見せていたイエス・キリストが、十字架にかけられる段になって「神よなぜ見捨てたもうたのか」って一個人としての心境を叫んでしまうっていう、そこで一人の人間としての顔が垣間見えるっていうところには、ベタで散々言いつくされたことだろうけど、やっぱグッとくるというか感じ入るものがあったりします。
 あと、イエス様の周りで子供たちが騒いでるので、弟子たちが遠ざけようとしたらイエス様激怒して「天国って言うのは、こういう者たちの国なんだぞ!」って言いながら子供の頭撫でてやったりしてる場面は癒される(笑)。なんかこう、子供好きな側面があったりすると、それだけでその人物の好感度をワンランク上げてしまうというテキトーな人物評価軸が私の中にあるわけなのですがね(笑)。清少納言の好感度もそれでワンランク上がったりした事もありました。


 他にも、バプテスマのヨハネの事が妙に気になったりとか、いろいろ思うところはありつつ。
 また、続く「使徒行伝」は、初期キリスト教会がさまざまな困難を超えて教線をのばしていく過程を綴る、迫真のドキュメンタリーみたいになっていて、なかなか刺激的でした。聖書ってありがたい信仰の言葉ばかりが並んでる印象でしたので、よもやこんなにワクワクさせられるとは思っていなかったという面はあります(笑)。パウロギリシャ神話の中心地、オリュンポスの神々のお膝元であるアテナイに乗り込んでいっての布教とか、スリリングな異文化接触になっていてなかなか読みごたえがあったり。


 中盤の書簡パートについては、正直、信仰者でない私としては、なかなか入り込みがたいパートだったという感想は正直あります。
 学生時代に、たまたま講談社学術文庫の『キリスト教の歴史』(小田垣雅也著)を読んだ事があったのですが。

キリスト教の歴史 (講談社学術文庫)

キリスト教の歴史 (講談社学術文庫)

 その時にキリスト教の信仰というものについて認識をある程度改めたっていう事がなかったら、多分最後まで、聖書本文に対する反発を抱えたまま本をおくことになったろうと思います。

(前略)問いかけとか契約とかは、普通は人間同士の間でのことであるが、人間には確認できない要素があるからこそ応答とか契約の必然性が生ずるのである。われわれは木や石や確認可能な真理から問いかけを受けたり、それと契約を結んだりすることはない。してみると、見えない神との契約ということも、特殊なものであるというよりも、問いと応答ないし契約というものの精髄をとり出したものと言えるであろう。すなわちこの場合問われているのは、問いかけと応答や契約の一方の当事者である人間の主体性、責任である。人間の主体性や責任を喚起するものとして神が理解されているということだ。逆に言えば、それがなければ、人間の主体性や責任の根拠が出て来ないようなもの、それが神だということである。(強調筆者)


「絶対」な存在である「神」と契約、約束をする事によって、その契約を履行しなければならないという主体性や責任が、不完全な人間の中で揺るがないものになりえる、と。そのような主体性の確立のために、神は絶対でなきゃいけないというわけです。同書のこの説明を読んだ時の目から鱗が落ちた感は相当なものでした。
 神、というのがこのような存在である以上、一番不可欠なのは(当たり前といえば当たり前ですが)「信じる」という事で。とにかくほんのちょびっとでも神の存在を疑っていては意味が無い。だから、パウロの書簡などでも、とにかく「信じろ」というメッセージに重点がおかれる。


 とりあえず、そうした雰囲気を掴めたというだけでも、そこそこ有意義だったのではないかと。
 その他、「ヨハネ黙示録」を中二病的野次馬根性全開で読んでみたりしましたが(笑)、続いて収録されてた旧約聖書詩篇の内容がまた、信仰者でない身にはいささか距離感が難しい内容で困惑したりもしましたが。


 まぁでも、総じて得たものはいろいろあったので、やはり読んでよかったのだろうなと思う次第でした。
 さすがに少し疲れたので、次に読む本はもうちょっと自分の関心に近いものにしようと思いますが(笑)。
 あと、旧約聖書については、岩波文庫で現在『文語訳旧約聖書』が刊行中で、これが出そろったら取り掛かろうかという計画だったりします。
 まぁ、そっちも相当大変だろうとは思いますが……


 とりあえずそんな感じ。