独立愚連隊



 岡本喜八監督作品。出世作ってことになるんですかね。
 ちょうど8月半ばごろに連休がとれたので、ゆっくり映画を見ようと思いまして、本当は『日本の一番長い日』を借りてこようと思ってたんですよ。珍しく時期を合わせようと思ったわけでした。ところが、考えることは皆同じらしく(笑)、借りられていたので仕方なくこちらを選んだ次第。もともとこれも見るつもりでしたし。


 で、実際にどんなもんかと思って見てみたのですが、なかなかに面白い映画でした。その面白さをどう書こうか、と思うと微妙に難しいところもあるわけですけれども。


 まぁ率直に言って、「太平洋戦争中の日本軍」というと、とにかく過酷で陰湿で絶望的で、っていうイメージしか無かったわけなのですよ。私が今まで触れてきた作品(映画・小説問わず)において、あの時代の日本軍って言ったらもう、それしかなかった。
 なので、この映画の中で、陽気で笑顔があふれてる日本軍の様子を見て、なんかちょっと憑き物が落ちたような気分になった面がありました。もちろんこれはフィクションの中の事ですが、この映画の公開は1959年で戦争中の記憶はまだ新しい時期ですし、岡本喜八監督自身も陸軍の士官学校にいた方とのことですから、あの時代の空気は知っていたはずですし。
 考えてみれば当たり前のことで、万単位の人間がいたわけですから、当然陽気で明るく過ごしていた人たちだって居たに違いないのでした。どこもかしこも皆同じ雰囲気だったはずがない。私が勤めてる会社程度の規模ですら、一つフロアが違えば、人間関係や職場の雰囲気は全然違うわけですからね。そこで、単一の「戦争中」というカラーでどこもかしこも同じように塗り込められてたと考えるのは、やっぱり違うのだろうなと。
 もちろん、この映画の中に登場する日本兵たちの「陽気さ」は、絶望的な状況に対するヤケッパチというかやぶれかぶれな部分も当然あるわけですけれども。


 そんな陽気さの中で、主人公の青年が「痛快」に活躍する、という筋で。そこでまた、こう、私の中で「太平洋戦争を舞台に痛快な話をつくる」という感覚がまったく抜け落ちていたものですから、「そういうのもあるのか」状態になったりとか。
 話の筋も単なるドンパチだけでなく、ちょっと探偵小説のノリだったり、思わぬ工夫があって。いろいろと固定観念を崩してもらえたような、そんな視聴体験でした。


 もちろん、ここで「痛快さ」という場合にも制限があって、むしろその制限のかかり方に、「あの戦争を舞台にフィクションを作る事」がどういう事なのかを痛感させられてしまった面もあったような気はします。どんなに痛快な物語でも、結局「悪役」は同じ日本人の中に見出さざるを得ないし、結末をどんなに気持ち良いものにしようとしても、途中で限りなくバッドエンドに接近せざるを得ない。
 そして同時に、戦後の日本人にとって、「あの戦争」の「敵の軍隊」というのは、何か台風とか豪雨とか津波とか、あるいはゴジラみたいな「災害」に近いものとしてしか観念され得ないのだなぁ、というような。
 この映画で日本軍が戦っているのは八路軍なのですが、その八路軍に関する描写というのはほとんどない。日本軍内部の思惑の交錯などはかなり色々と描かれているのに、日本軍と八路軍が戦略や戦術をぶつけあって駆け引きしているようには全然見えない。敵軍が津波のようにじわじわ押し寄せてきていて、日本軍はそれを防波堤になって支えてるけど、じきに支えきれなくなる、みたいなそんな感じ。なんかそういう描かれ方の中に、日本人が先の戦争を体感でどう感じていたか、というのがすごく出てしまってるような感じがして……映画そのものは何だかなんだ気持ちよく見終えることができる娯楽作品なのに、やっぱり心のどこかに一抹の引っかかりが残ってしまうという。
 なんか、どうしても、そんな感じなんですよねぇ。