アエネーイス(上・下)
- 作者: ウェルギリウス,泉井久之助
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1997/03
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- 出版社/メーカー: 岩波書店
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一応、2015年中にぎりぎり読了。年を越す1時間30分前でした。
古書店で見かけて、大喜びで買ったもの。新刊書店では見かけなくて、おそらく出版社品切れ状態なんだろうと思いますが、しかし色んな本でその作品名を見かけるだに重要な作品らしく、どうしても読みたいと思っていたのでした。
で、読んでみて、やはりこれは重要だな、と感じました。ストーリーの面白さや内容の良し悪し超えて、まず何よりも作品の立ち位置が「重要」という、珍しい感触。
この作品について言及するなら特に珍しくもない指摘でしょうが、やはり「ローマにとってのホメロス」「ローマにとっての『イリアス』『オデュッセイア』」という意図が極めて明確な作品なのだなという事が抜きがたく感じられたわけです。ざっと思い返すだけでも、「話が旅の途中から始まること」「旅の始まりと、一つ目巨人などの荒唐無稽な冒険譚が回想として語られること」「女性の恋情に足止めされること」「冥界下り譚があること」などは『オデュッセイア』のモチーフですし、「攻城戦」「ヘパイストス/ウルカヌスの武具」「最後の決戦でライバルが突然逃げ回る」あたりは『イリアス』のモチーフ。荒く眺めただけでも共通項はかなり見つかります。
ただ、これが単なるホメロスの模倣だとか、焼き増しだと見るのも違うと思うんですよね。それ以上の意図を感じたのでした。あちこちで、ホメロスの叙事詩を逆転させているように読めたのでした。
『イリアス』『オデュッセイア』はアカイア勢、つまりギリシャ側を主人公にした話でしたが、『アエネーイス』は『イリアス』で敵側として描かれていたトロイア勢の生き残りアエネーアースが主人公。そして、ホメロス作品は『イリアス』から『オデュッセイア』というのが時系列順での話の進行ですが、『アエネイス』では『オデュッセイア』的な遭難の後に『イリアス』に相似な攻城戦が描かれていて、エピソードの順番が逆です。
そして、『オデュッセイア』の中でオデュッセウスが冥界で見かけるのは、神話時代の英雄たちや最近死んだアガメムノンなど過去の人物ですが、アエネーアースが冥界で目にするのは、むしろ将来ローマ皇帝となるべき者たちが生まれ変わりの順番を待っている様子、つまり未来の様子です。これはヘパイストス/ウルカヌスの作った楯の絵柄を叙述するところもそうで、アエネーアースの持つ楯には、過去や現在ではなく未来のローマの様子が描かれていたのでした。
どうにも、意図的にホメロスの筋書きを逆転させているところが散見されるようで、だとすればこれはただの模倣ではない。むしろ、ホメロス作品が続く古代ギリシャ時代の文化の根幹となったという、その一連の流れを塗り替え、上書きするかのような周到なプロットだろうと思ったわけです。
実際、本書がトロイア戦争の登場人物たちが存命の時期の話だとすれば、そこからローマ皇帝たちが活躍する時代までの間に、ヘロドトスとかトゥキディデスの描いた古代ギリシャのポリスの時代があるはずなんですけれども、本書を読んでいると、あたかもアエネーアースの活躍からそのままローマの繁栄時代につながるかのような錯覚を起こしそうになります。そういう感覚も、あるいは狙ってやったのかな、という気すらして。
そういった「意図」があまりに見えてしまったために、逆にこの作品単体の味わいとか感興とかが読んでいる私の中で薄くなってしまった感じはありました。
あと、この岩波文庫版の訳は、大本が叙事詩である事の雰囲気を伝えるべくすべての訳文を七五調に整えるという大変な労作ですごかったわけですが、逆にリズムに気を取られて作品の中身に没入できない事もしばしば、という(笑)。そういった事情もありましたけれども。
オウィディウス『変身物語』を読んだ時に、オデュッセウスやアイアスがやけに卑小な性格に描かれてるのが気になったりしていたんですが、先日の『四つのギリシア神話』所収「アプロディテ讃歌」と、この『アエネーイス』でようやく事情が呑み込めてきた気がします。ローマ人にとっては、アカイア勢は怨敵ってことになるんですな。この『アエネーイス』でも、トロイア戦争序盤〜中盤のMVPであるディオメデスが見る影もなく落ちぶれた発言をするくだりがあって、「あのディオメデスが……」と驚愕したりしました。まぁ確かに、トロイア戦争終結後のギリシャ方の英雄たちが揃ってロクな目にあってないというのも確かなので、言い分ごもっともなわけでもありますが……。
そんな感じで。分量的には見た目ほどボリュームを感じないかと思っていたのですが、案外手ごわい作品でした。しかし、私の中でギリシャとローマの間のねじれがようやくはっきり見えてきたという意味では、非常に有意義な読書だったと思います。
さて、それでは今年も張り切って読んでいきましょう。