民間説話


民間説話―世界の昔話とその分類

民間説話―世界の昔話とその分類


 昔話の話の筋を分類整理する「AT分類」というのを知ったのは、実は今年に入ってからなんですけれども。そのAT分類の編纂者であるスティス・トンプソンによる昔話・民間説話学の概説入門書。非常に内容が充実していて、概説書として必要な事が余さず簡潔に説明されており、面白い読書でした。
 それにしても、AT分類や、同じトンプソンによるモチーフ分類なんてすごく重要で、よく参照される仕事なんじゃないかと思うんですが、これらそのものの日本語訳ってされてないんですね。意外に、この手の学術的に重要な仕事でも日本語で読めないというケース多いのかも知れないと思ったり。


 類似した筋の昔話が、互いに交流の無い離れた場所に、それぞれ独自に生まれることもある、という話があるわけです。ちょくちょくそういう主張を目にする機会があって、私も何となく、そういう事もあるかなと思って受け入れてきたんですが……しかし本書のように、各説話の筋ごとに徹底的に収集、地域ごとの分布を調べ、話の細かな差異ごとにさらに細かく整理して話型の伝播の経緯を推測する……というのをここまで緻密にやっているんだなというのを見せられると、まぁあまり気安く、下調べもせずに「没交渉にそれぞれ独自発生したんじゃないの」なんて言うわけにはいかんのだなぁ、と痛感させられたわけでした。
 とはいっても、著者トンプソンがそういう事を否定しているわけではなく、特に本書中盤の北米におけるネイティブアメリカンの説話を分析するについて、一部西欧の民間説話と似た展開を見せる話について十分な根拠をもって「互いの話が影響関係に無かった事は論証できる」と述べている部分もあり。だからそういう事はあり得る話だというのは本書も認めているわけですけれども。しかしそれはやっぱり、徹底して調べ上げた後だから言える結論なのだなという、そういう「推論の重さ」に関する認識を改めさせられたという感じです。


 他にも、北米の説話なんてなかなか接する機会がありませんのでそこもなかなか面白かったですし、総じてこの分野への知見を大幅に広げることができた、非常に有意義な読書でした。これから、いずれ『千夜一夜物語』なんかも読みたいなと思ってる私の予備知識拡充にもってこいの一冊で。
 ……しかし、それにしても同じトンプソンの「モチーフ分類」って読んでみたいですのぅ。うーむ。
 あと、本書の訳者注釈で、トンプソンが紹介している話型に近い日本の昔話が挙げられていたりするんですが、そちらにもけっこう知らないのがあって。日本の昔話も一回みっちりやっておいた方がいいなぁとも思ったりして……。
 さてさて。どこまで出来ますことやら。