ベーオウルフ


ベーオウルフ―中世イギリス英雄叙事詩 (岩波文庫)

ベーオウルフ―中世イギリス英雄叙事詩 (岩波文庫)


 こうなったら文庫で手に入る英雄叙事詩は手あたり次第読んでやれ、という志が高いんだか低いんだか分からないノリで手に取ってみました。中世イギリスの英雄叙事詩。つい先日までタイトルすら知らなかった作品でした。


 なかなか印象深くて面白い作品でした。序盤に登場するのが、旧約聖書で「人類最初の殺人」を犯したカインの末裔だという巨人。このカインは犯した罪の呪いから様々な怪物魔物を末裔として残すことになったのだと説かれていて、キリスト教世界の「悪」の源泉がそんなところにもあったのか、と興味深く読んだのでした。


 他にも、道具立てや展開など興味深いところがいろいろありましたが……特に印象的だったのは、やはりベーオウルフが魔法とか神秘の力をほとんど借りずに、自分の武人としての実力ひとつで巨人や竜などの怪物を倒していく展開になってることでした。さながら「レベルを上げて物理で殴ればいい」の世界(笑)。
 また、ベーオウルフ、そして地の文あるいは語り手も、それが作中怪物扱いの巨人であるにも関わらず、相手を武人として扱うんですよね。何年にもわたって害をなし暴れ続けてきた怪物に対して、「相手は素手でいるのだから、自分も剣は使わずに正々堂々相手をしよう」と申し出るベーオウルフは、なかなかに異様です。
 思い出すのは、日本の酒呑童子退治などの鬼退治説話。平安の貴族の時代までは、呪的なアイテムや超常的な力、陰陽師などの呪術的な力が魔的なものに対抗する手段だったのが、源頼光たちは純粋に武力で鬼を退治してしまう、という「妖怪退治プロセスの変化」を、この『ベーオウルフ』という作品は思い出させてくれた感じです。……まぁ、訳文がヨーロッパの叙事詩というよりも完全に軍記物で、セリフ回しとか完全に日本の武士になってるあたりもそういう連想を助けたかも知れませんが(笑)。でも、訳した人もその辺意識して軍記物っぽく訳したんじゃないかとも勘繰りたくなるんですよね。


 ともあれ、いろいろと示唆的で楽しい読書でした。今は超有名古典を読む期間と定めているので、『ベーオウルフ』くらいの知名度の作品って読もうか読むまいか迷うんですけど、だいたいそういう微妙なところほど読んでみると面白かったりするから、なかなか悩ましいですw
 もういっそ、腰据えて気になったの全部読んじゃったほうが良いのかもな……。修業期間が二年くらい延びそうだけどw