ゲーテとの対話


ゲーテとの対話(全3冊セット) (岩波文庫)

ゲーテとの対話(全3冊セット) (岩波文庫)


 今年、ゲーテを中心に読み進めていたのもいよいよこれで一旦最後とします。というわけで、ゲーテと親しかった著者によるゲーテ晩年の言行録。


 大変面白く、また有意義な読書でした。
 単に名言や格言を集めた本ではなく、ゲーテと会話した日のエッカーマンの日記のような体裁なので、なにげない会話とか、冗談とか、ちょっとした意見の相違やケンカのようなことまで手に取るように書かれているのが新鮮。
 本書への批評や感想で、「読むというよりはむしろ聞く、とでもいうべき読み味」だという主旨のものをいくつか見かけましたが、正にそんな感じでありました。


 私事ながら、私は師というものを持ったことがなくて。大学でもゼミに参加しないままでしたし、特定の誰かに師事して物事を学ぶ、というようなことをほとんどしたことが無い人間です。なんとなくフラフラと独学だけできてしまったというか。
 そういう人間なので、本書が仮想的にゲーテという師に長期間学んだような気分にさせてくれた事が、非常に面白く、また有り難かったという感じがしたわけでした。
 もとより、ゲーテの、文学芸術にも自然科学にも歴史にも政治にも通暁している視野の広さは私の憧れているところでもあり。しかしそれにしても、そうしたゲーテの様々な側面が本書に活写されているという事は、聞き役であるエッカーマンにもこれらすべての話題についていけるだけの素養があったということで、そちらもなかなか凄いし、そうした巡り合わせも含めて幸運な作品であることだなぁと。


 さすがゲーテ、という至言は無論たくさんあるので、そういうのを目当てに読むのもアリですけれども、どちらかといえばゲーテという世界的文豪の人柄を残すことができた稀有な本なので、そういうところに注目して読んだ方が良いような気がしたことでした。光学に関する自説に自信満々のゲーテ、それに対して若干の反論を試みたエッカーマンに対して意固地になるゲーテ、けれど数か月後検討した末にエッカーマンの説をやんわり認めるゲーテ。精神的に不調になったエッカーマンを気遣って元気づけようとするゲーテ、自作への好意的な批評を読んでまんざらでもないゲーテ、親しい人の訃報に落ち込みつつも気丈に振る舞うゲーテ。そんな個々の場面の中に、ゲーテという人の人柄を浮かび上がらせた、本当に貴重な仕事だと思います。
 特に、個人的に感銘を受けたのは、ゲーテが時に聞き役に回る時でした。下巻にて、エッカーマンが(この人もはなはだ凝り性なので特定の話題にはめちゃくちゃ詳しい)自分の趣味で研究したことを話し始めると、はるかに年上なゲーテが積極的にエッカーマンの話を促し、質問し、エッカーマンの精力的な研究の取り組みを誉めてその内容を学ぼうとするんですよね。ゲーテほど博識で、既に名声もあり、高齢でもある人が、自分よりはるかに若い相手から知らない事を学ぼうとする時の熱心さと素直さに、とにかくやたら感動したのでした。私が想像するより、ずっと難しい事のはず。
 以前、何かの雑誌の対談記事だったかと思いますが、荒俣宏氏が、若い大学院生(山下清について研究してる人だったはず)と話す企画で、徹底して「山下清についてはあなたの方が詳しい。どうか教えてください」という姿勢を崩さなかった事に、異様に感心したことがあったのです。あの荒俣宏が(私の中でやはり荒俣氏の博識ぶりは強く印象付けられてますから)、ごくごく自然な感じで、一貫して教わる側に回っていたのを見て、なるほどこうか、と思ったという。本書を読んで久しぶりに思い出しました。


 とかく。
 ボリュームがボリュームなので時間はかかってしまいましたが、それに見合った充実した読書でしたよ、っと。
 ともあれこれで、ようやくゲーテ関連の読書は一旦一区切り。まだまだ後が詰まってますので、どんどん行きたいと思います。