東方作品を楽しむためのブックガイド 紅魔郷編


 一見、お気楽なシューティングゲームである東方シリーズですが、設定やスペルカード名などにまで踏み込んでみると、意外に深く、いろいろなジャンルの知識が作品内に引用されていたり、取り入れられていたりします。
 その辺が把握できると、東方作品をより楽しむことができるのではないかと思い、試しにブックガイド的なものを作ってみることにしました。
 初心者でも気軽に読めて、今まで以上に東方に親しめるような、そんなブックガイドにできたらと思います。


 とはいえ。最初に宣言しておきますが、私一人ではとてもカバーしきれません。
 ZUN氏は歴史、民俗学から天文、宇宙工学、物理学に至るまで、かなり幅広い知見を作中に込めています。
 それらを十全に押さえるのは少々私の手に余るので、できる範囲で作って行きたいと思います。
 どなたか、より詳しい方にさらに充実したブックガイドを作っていただける、そのきっかけにでもなれれば幸いと思っています。


 と、能書きはここまで。
 それでは最初に、『東方紅魔郷』のブックガイドを始めてみたいと思います。


・『東方求問史紀』


東方求聞史紀 ?Perfect Memento in Strict Sense.

東方求聞史紀 ?Perfect Memento in Strict Sense.


 まずは基本中の基本、東方の世界観を押さえるという事で、ここから。
 幻想郷の設定なども一部わりと独創的な部分がありますし。またスペルカードというこの世界の基本ルールについて眺めておくと、ゲームを楽しむのが今までよりもう少し楽しくなるかもしれません。




・『まどろみ消去森博嗣


まどろみ消去 (講談社文庫)

まどろみ消去 (講談社文庫)


 ステージ1のボス、ルーミア魔理沙との会話の元ネタ。
 また、同じ作者のデビュー作『すべてがFになる』には、「レッドマジック」という名前のコンピュータOSが登場します。もっともこれについては、ZUN氏は直接のインスパイアではないとコメントしていたそうですが。
 1990年代後半の新本格ミステリ業界で活躍していた作家さんの一人です。この時代のミステリは、科学・文学・民俗学・神話学・人類学・オカルトなどの知識を貪欲に取り入れた衒学的な作品が数多く発表され、エンタメの最先端を走っていました。
 で、実は現在、いわゆるゼロ年代に活躍している若手の作家さんやゲームクリエイターさんの中には、この時代のミステリの影響を受けている人たちが少なくないんじゃないかと思います。ちょうど、一番貪欲にクリエイターとしての引き出しを増やしていた時代が重なるんじゃないかなと。
 ZUN氏も例外ではないようです。まあこの件については、妖々夢のブックガイドでまた改めて……。




・『妖精学入門』井村君江


妖精学入門 (講談社現代新書)

妖精学入門 (講談社現代新書)


 ステージ2で、チルノをはじめ立て続けに出てくる妖精について、まあ「そもそも妖精って何なのさ」ってあたりから知ろうと思うなら、この方の著作から入ってみるのも良いんじゃないでしょうか。妖精関係の著作で有名な方です。
 まあ、幻想郷の妖精の設定はまた少し違ってくるのですが。一口に妖精と言っても結構色々な連中がいたりするので、面白いかも知れません。




・『図説日本未確認生物事典』


図説・日本未確認生物事典

図説・日本未確認生物事典


 ステージ3のボス、紅美鈴は「龍」と書かれた帽子をかぶっています。
 また、虹という字のついたスペルカードを使用してきますし、実際その色鮮やかな弾幕は強く印象に残ります。
 実は、虹というのは龍の一種として古代中国では語られていました。
 そんなわけで、私の知る限りで「龍の種類」を一番手っ取り早く参照できる本はこれだったり。怪しげなタイトルですが、結構きちんと文献にあたって調べられた本です。龍の他にも、人魚だの狐の怪だのといった日本の幻獣っぽい伝説は大体これで把握できます。天狗や河童、鬼なんかも押さえられてますし、東方キャラのルーツを探るにも悪くない本です。
 まあ、結構昔の本なんで、現在どこも品薄みたいですが。





・『神秘学の本』


神秘学の本―西欧の闇に息づく隠された知の全系譜 (New sight mook―Books esoterica)

神秘学の本―西欧の闇に息づく隠された知の全系譜 (New sight mook―Books esoterica)


 ステージ4のボス、パチュリー・ノーレッジは魔法使い。それも結構本格派です。
 天体の運行や、水銀などの魔術に馴染み深い要素がスペルカードの中に散見されますし、エキストラではそのものズバリ「賢者の石」なんてスペルカードも使ってきます。
 やはりここは、西洋魔術、それも錬金術占星術などのオカルト関係に目配せしておきたいところ。
 で、この学研の「ブックス・エソテリカ」シリーズは、宗教や神秘学、オカルト関係の入門書としてはかなり人に薦めやすいシリーズです。要点は押さえてあるし、図版も多いし。変にスピリチュアルは方向に脱線したりせずに、あくまで「資料」として読めます。
 何より、オカルトな部分に「触れた」ような気にさせてくれる、ちょっと秘密めいた雰囲気が楽しかったりします。
 ここを出発点に、パチュリーが入り浸っている「魔道書」の世界に足を踏み入れてみるのも一興、かも?





・『ジョジョの奇妙な冒険』第三部



 言わずと知れた、咲夜さんのスペルカードの元ネタ。ルナティックではそのものズバリ「ザ・ワールド」というスペルカードを撃ってきたりしますしね。また、最終ステージでは、レミリア様と魔理沙ジョジョ第一部での会話のパロディを繰り広げたりもしています。
 しかしそれだけではなく、この『ジョジョ』第三部は、いわゆる「能力バトルもの」の文法を確立した作品でもあり。1キャラにつき一つの「短いセンテンスで明文化できる特殊能力」を持ち、互いにその能力を駆使して戦うという形を広く一般に浸透させたのは、ジョジョの存在が大きかったんだろうなと思います。そして、各キャラクターが「○○する程度の能力」を持っている東方の世界観も、このジョジョの末裔の一つと言えるかも知れません。
 まあ、その辺を抜きにしても、この第三部は神がかってるとしか思えない面白さを持ってるので、一読しておいて損はないでしょう。未読の方は是非。





・『吸血鬼ドラキュラ』


吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫)

吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫)


 言わずと知れた吸血鬼ものの古典。某英国国教会ヘルシングインテグラ女史も「詳しくはブラム・ストーカーを読め」と太鼓判を押す名作ですね(えぇ〜
 無論、レミリア・スカーレットのキャラ造型にも、一般的な吸血鬼像が下敷きとしてあるはずなので、この辺りから入ってみるのも悪くないかと思います。
 また、東方文花帖でのスペルカード「レミリアストーカー」は、この作者ブラム・ストーカーの名前が元ネタなんじゃないかという話。決してレミリア様が誰かをつけまわしてるわけではないそうです。





・『吸血鬼幻想』


吸血鬼幻想 (河出文庫 126A)

吸血鬼幻想 (河出文庫 126A)


 レミリア様がハード以上で使ってくるスペルカードの名前ですが、同じ名前の本がこちら。恐らくこれが元ネタなんじゃないでしょうか。
 種村氏の文章は、多少読書慣れしていないと読みにくく感じるかも知れませんが、逆に慣れてくるとこの妙に隠微な感じの文体や、本全体の雰囲気が癖になってきます。いくつか吸血鬼関係の本を読んだ後、さらにその奥深い世界に触れてみたい人向け。




・『そして誰もいなくなった


そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)


 多分、世界で一番有名なミステリ小説のひとつなんじゃないでしょうか。アガサ・クリスティの古典的名作です。
 紅魔郷エキストラ、フランドール・スカーレットのテーマ「U.N.オーエンは彼女なのか?」はこの小説を元につけられたタイトル。作中にU.N.オーエンというフレーズが出てくるんですね。またスペルカード「そして誰もいなくなるか?」ももちろんこのタイトルから。
 作品としても、最初から最後までものすごく綺麗にまとまった、芸術品みたいなミステリです。私にとっては、謎が魅力的すぎて解決編を読むのがもったいない、とまで思ったミステリはこれだけでした。




マザーグース(1)』


マザー・グース1 (講談社文庫)

マザー・グース1 (講談社文庫)

マザー・グース2 (講談社文庫)

マザー・グース2 (講談社文庫)

マザー・グース3 (講談社文庫)

マザー・グース3 (講談社文庫)

マザー・グース4 (講談社文庫)

マザー・グース4 (講談社文庫)


 紅魔郷エキストラのもう一つのモティーフが、このマザーグース魔理沙でクリアすると、彼女が歌ってくれたりします。
 もともと、上の『そして誰もいなくなった』でもこのマザーグースの一つ「十人のインディアン」がテーマの一つなので、そのつながりで出てきたものと思われます。
 また、東方作品以外でも、マザーグースにインスパイアされたエンタメ作品は多いので、基礎知識として持っておくと、いろんな小説や漫画、映画を読んだり見たりする時により楽しめるかと思います。
 本は、お求めやすい文庫版をチョイス。



 そんな感じで、紅魔郷のブックガイドでした。
 また忘れた頃に、妖々夢編以降もやりたいと思います。