帝都物語


帝都物語〈第壱番〉 (角川文庫)

帝都物語〈第壱番〉 (角川文庫)

帝都物語 第六番 (6) (角川文庫)

帝都物語 第六番 (6) (角川文庫)



 東京を舞台にした壮大な伝奇エンタメ小説の大作。あまりにも有名な荒俣宏の代表作です。
 むしろなんで今頃読んでいるんだという感じではありますが。もっと早く読んでおくべきだったのかも知れません。まぁ、今読んだからこそ楽しめた部分も少なからずあったわけですけれども。


 ともかく読んでいて思った事は、まぁ何というか、やりたい放題やってるなぁ、という事で(笑)。
 荒俣宏の好きな事がほとんどすべて詰まっている感じです。風水から寺田寅彦陰陽道地政学に……とにかく出てくるキーワードが、どう考えても好きなものを全部詰め込んだとしか思えないという。これだけ好き放題のものを詰め込んだ物語が構成できて、それがヒットするなら小説書きとしてこれ以上の幸福はないだろうと思うくらいです。
 また、現実の日本近現代史を逐次取り入れつつ、それに合わせて伝奇物語を構想するイマジネーションの広がりも類い稀なものだと思いました。それでいて、幸田露伴がチャンバラをする、三島由紀夫平将門と対決するというフィクションっぷりにも恐れ入ります(笑)。戦争編に森繁久弥も出てくるんですが、これが発表された当時は生きてたはずだよなぁ? と。こういうのって許可取るものなんでしょうか。


 明治から始まって大正、昭和と、どの巻も様々に趣向を凝らされていて非常に楽しんだわけですが。展開が読めないし、とんでもない道具立てが出てくるしで退屈しないというか、油断がならないというか。
 これだけ色々なものが詰まった作品だと切り口も色々あるわけですが、個人的に気になったいくつかについて……。
 たとえば、作中での呪術的なものと、科学との折り合いのつけかた。近現代を舞台に呪術飛び交う伝奇ストーリーをする場合、やはり作中の「呪術」と「科学」との間をそれなりに調整しておかなければなりません。まして、寺田寅彦などの科学者も作中に出してくるならなおのことで。
 その点、荒俣宏氏は、この両者の良好な距離間というのを、感覚的に掴んで実作で示したかなり初期の人(もしかしたら初めて実現した人?)なのかな、と。決してロジカルに作中で語ったわけではないのですが(やはり荒俣氏は、ロジックの人ではない気がします)、見聞きした膨大な知から、直感でえいっと掴んでしまったのかなという。そんな気がします。
 それから、お話の内容としては、これは昨今の伝奇系ライトノベルの偉大なる元祖だよなぁとも思いつつ。というか、実際の呪術なんかに取材して作品を書いているライトノベルは、下手をするとこの『帝都物語』の縮小再生産に留まっている作品も少なくない、という可能性すらあるかと。だって、昨今のそういう作品で、仏教の土砂加持や、朝鮮半島東学党の呪術までカバーしてる作品なんてあるのかどうか。この辺はさすが、という感じ。
 もちろん、現在の目から見て、若干荒削りに見える部分もあるわけですけれども。「かまいたち現象」とか、この当時はマイナーだったのかなぁと。今はわりと有名なので、この作中で使われていたような使い方はもうされないのだろうなとは思いますが。
 まぁいずれにせよ、日本古来の呪術から東学党からイスラムスーフィーまで登場させてしまう辺りの、引きだしの多さはさすがに荒俣宏氏という感じです。普通に凄い。


 題材で言えば、たとえば満州の新京なんかをこういう形で取り上げる作品というのも私にとっては新鮮でした。今はもう、第二次大戦の頃の日本の大陸経営とか、太平洋戦争(大東亜戦争)の是非を論じたい人たち以外の大半の日本人にとっては、ほとんど黒歴史状態ですからねぇ。けれど、満州というのが日本史的に(あるいは都市計画的に)、なかなか面白い場所だったというのをこの作品で教えられてびっくりしたのでした。慌てて、戦時中満州に住んでた祖母にいろいろ話聞いちゃったよ(笑)。


 ストーリーラインも独特で、本当に一筋縄ではいかないというか、全然予想がつきませんでした。というかこの話って、主人公が加藤保憲だよね?(笑) ピンチに陥ってハラハラするシーンも一番多いのは加藤さんだし。
 その他、最終巻での東京崩壊も、なんか「阻止しよう」という感じじゃないというか(笑)。東京という都市そのものがテーマであり主人公でもあるためか、物語も独特の進み方を見せます。


 総じて、何が飛び出すやら予測不能で、最後まで楽しめました。いいなぁ、これくらい構想のでかい話を書いてみたいものです。
 ともあれ、一世を風靡したのも頷ける作品でした。伝奇系ラノベが好きな人、そういうのを書きたい人は一読の価値ありかと。