機動戦士ガンダムAGE 第6話「ファーデーンの光と影」

     ▼あらすじ


 エミリーに、ディーヴァに残って戦い続けると決意を口にするフリット。だが怒ったエミリーはファーデーン市街へ飛び出してしまう。追いかけた先で、MS同士の戦闘に巻き込まれたところを、イワーク・ブライアに救ってもらったフリットとエミリー。しかしそこで、このコロニーの複雑な事情を耳にするのだった。
 一方、グルーデック艦長は身分を偽り、武器商人であり旧国家派閥ザラムのトップでもあるドン・ボヤージと接触。UEの要塞攻略のための戦力を集めようとしていた。
 やがて、コロニー内で再び市街戦が発生。イワークたちを救うため、フリットガンダムで出撃する。しかしそのさなかにUEが出現。防戦の際に生じた被害のため、フリットはザラムに捕まってしまうのだった。


      ▼見どころ


   ▽最初にイワークさんを紹介する事を、強いられているんだ!


 何の因果か、ガンダムAGEで最も有名なセリフを世に送り出した回。AGEを見ていなかった期間の私の耳にすら入ってきました。結局今や、これなしにAGEを語る事はできないと言っても過言ではありません。
 というわけで、はい、皆様ご一緒に。



「強いられているんだ!」


 ……とはいえ、このイワーク・ブライアさん、物語上でそこまでの重要人物というわけではありません。AGEという物語を読解する意味でも、ドン・ボヤージなどの方が重要だったりします。
 イワークさんそのものは、フリットをこの「ザラムとエウバの小競り合い」に関わらせるためのつなぎに当たる人物でしょう。フリットは放っておいたら、UEにしか関心を払わないでしょうし、少なくともこのコロニーの事態に介入しようとは思わなかったでしょうから。
 あと、よく言われる事ですが、このガンダムAGEのキャラデザイン上のしわ寄せを一番蒙っている人物です。等身を低めにしたおかげで、上半身と下半身のバランスが明らかに変だったりします。ディケの体格なども、明らかにリアルな人間の骨格から離れたアニメ体型ではあるのですが、一番そうした歪みが目立つのはやはりイワークさんです。
 彼が特にガンダムAGEの中でネタ的にピックアップされてしまったのは、そういう所もあったのでしょうね。



   ▽マッドーナ工房


 この回は、その後の物語でもたびたび登場するMS鍛冶、マッドーナ工房が初めて登場する回でもあります。



 独立したドック艦を拠点にしてるらしく。


 そして、こちらが以降、超人的なエンジニアぶりを発揮するムクレド・マッドーナさん。



 公式サイトにいわく、「頑固親父」の「メカオタク」とのこと。


 ウルフと顔なじみという事から、彼がスピードレースをやってた頃のマシンも彼が面倒を見てたのかも知れません。
 一応、同じ話のイワークさんの話や、グルーデックとドン・ボヤージの話を聞く限り、過去の戦争の講和条約「銀の杯条約」でMSなどの武器は一度完全に廃棄されているという事になっているようで(『ガンダムW』の世界を思わせる設定です)、だとするとMS鍛冶というのも戦闘用というより、レース用の機体をメインに作っていたりするのかもしれません。
 ……もっとも、劇中の様子を見る限り、その条約通りに民間の兵器が根絶されているようには全然見えません。ザラムとエウバは闇の武器商人らしいので除外するにしても、このマッドーナがまずもって、ウルフのリクエストを元に戦闘用のMS、つまり兵器を普通に作ってしまっているわけですので。しかも、後の活躍シーンを見た所では、連邦軍ジェノアスより高性能な機体らしいですし。
 どうもこの辺も、フリット編がミリタリー的なリアリズムに照らしていささか物足りない所ではあるようです。ファーストガンダムのジムもやられメカではありましたが、それでも民間でハンドメイドで作った機体より低性能なんて事はなかったわけです。


 大体、ウルフはムクレドに、ガンダムを超える機体をオーダーするのですが、ムクレドの手にはウルフからの伝聞情報と、写真一枚しかありません。その上、劇中の展開から推して、この時ウルフから発注されたMSがロールアウトしたのは多く見積もっても数日後と思われます。仕事早すぎです。
 ……実のところ、クレド・マッドーナさんの本気は、こんなものじゃありませんが。あとあと、さらに超人的な仕事ぶりを発揮する事になるのでした。



    ▽旧国家戦争


 この回で、イワークの口を通じて語られるのが、かつてコロニー国家間で行われていた戦争と、その遺恨を引きずった形で現在でもファーデーンで行われている小競り合いの存在です。



 ザラムとエウバ


 特に、フリットたちがこの戦闘に初めて遭遇した時の描写は、この旧国家間戦争の特異さを短いカットで効果的に表現しています。
 まずは、ここで登場するMSですが……。



 ザラムのモビルスーツ「ジラ」。


 このガンダムAGE』で初めて登場した、モノアイ(一つ目)の機体です。
 かつての戦争で使用されていたMSが、宇宙世紀ガンダムの機体に特徴的なモノアイを持っている事、そしてその旧戦争で活躍した機体こそが元々「ガンダム」だった事を合わせてみると、その「かつての戦争」というのが、過去の宇宙世紀ガンダムと微妙に重なっていくようにも読み取れます。
 このモノアイを持つ機体は、このフリット編でザラムとエウバの機体として登場したあと、アセム編以降しばらく登場しません。40話以降の三世代編になって、あと1機だけ登場します。
 ガンダムシリーズモビルスーツのデザインとしておなじみの「モノアイ」もまた、AGE作中ではプロット上、必然のある所にだけ登場してきます。そこにどのような意味が持たされているのか、明確になるのはこれもフリットの孫の世代になってからです。



 そしてもう一つ。ザラムとエウバの小競り合いが起こった際、町には自動的に防護壁が展開されます。



 ちょうどMSの背丈ぐらいの高さ


 非常にクレイジーな設備で、イワークの話をさりげなく補強しているという意味でも、面白い設定に見えます。
 街中にこんな防護壁を作るくらいなら、どんな手を使うにせよザラムとエウバの戦闘をどこか別な場所で行うよう働きかけた方がよほどローコストです。少なくとも片方の派閥の住居は近くにあるのですから、本気で街を守りたいならデモだろうとなんだろうと手段はあるはずです。
 それをしていないのは、恐らく、この街の住人にとっても、エウバとザラムの小競り合いは許容できるイベントなのでしょう。少なくとも、壁一枚で隔ててしまえば、あとは我関せずという態度が通じる、といった程度の争いのようです。ドン・ボヤージも、移動中にすぐ近くで戦闘に遭遇しても、「いつものことだ」の一言で片づけてしまいます。市街での戦闘という非日常が、完全に生活の一部になってしまっているような、奇妙な情景が展開されます。
 UEとの死闘を幾度か繰り広げているフリットたちにとっては、日常に繰り込まれてしまった、惰性のような戦争は苛立たしいもののようです。こうしたザラムとエウバの関係がどうなっていくかが、ファーデーン編では主軸として描かれていきます。



 さて。
 イワークがザラムとエウバの対立について説明する際(ちょうど「強いられているんだ!」の直前あたり)、以下のように発言しています。
「上の奴らは、裕福な生活を送りながら、くだらない思想をぶつけあって戦闘に明け暮れている」


 思想?
 ザラムとエウバが、過去の戦争の因縁を引きずって今も戦闘を続けているというのは分かるのですが、思想の対立とはなんでしょう? 次の話で実際にこの2勢力が詳しく登場しますが、特に思想の違いがあるという事を示す描写はありません。せいぜい、エウバは騎士道精神を強調する言動が目立つのに対して、ザラム側はよりマフィア的、という事が看取される程度です。
 ここで思想という言葉が出てくるのは、実はよりメタな仕掛けのためではないかと筆者は考えています。


 以前書いたように、この『ガンダムAGE』はフリット、アセム、キオの三世代それぞれの時代に、対応する歴代ガンダムの要素を織り込んでガンダム史をたどる事を目的にしているのではないかと筆者は予想しています。
 しかしそれだけではなく、実はそれらの作品を見ていた視聴者世代が実際に生きた時代、現代史をも作品中に反映させる意図があったのではないでしょうか。



 このザラムとエウバの対立は、フリット編を最後に作品世界から消え、アセム以降の世代はもはやその名前を耳にする機会を持ちません。
 現実ではどうだったでしょうか。
 ファーストガンダム放映前後、1970年代、かつての大きな戦争(第二次世界大戦)以来いくつかの戦争を駆動してきた「思想」の対立は、まだ現役で残っていました。
 東西冷戦です。資本主義と社会主義の対立がまだ世界を覆っていました。
 その後、1985年ゴルバチョフソ連の書記長に就任、1987年に米ソの間で中距離核戦力全廃条約、1989年ベルリンの壁が崩壊、そしてソビエト連邦の解体が1991年と続きます。
 一方、『機動戦士Zガンダム』の放映が1985年から1986年にかけてです。
 仮にアセム編をZガンダム以降の気分を反映させたパートと見た場合、時代的には東西冷戦をほとんど身をもって感じる事無く過ごした世代という事になるかと思います。


 つまり。アセム以降の世代はもう、ザラムとエウバの対立を目にする事はほとんどないわけです。


 これを符合と見るか、ただの偶然と見るか、どちらもあるかと思います。ただ個人的に、他にもそうした時代の推移と合致する仕掛けを、この『ガンダムAGE』の作中でまだいくつか指摘できるかなと思うので、その都度書いていきたいと思います。その上で読者の方々に判断していただければ。



 紛らわしいので、次の項目に行く前に少し整理しましょう。
 この回で説明された、ザラムとエウバによる戦争には、いくつかの異なった意味が重複して込められています。


フリット・アスノにとっては、単に「もう終わっている戦い」


 モノアイなどのMSデザインや、ガンダムの名前などから見られる「ガンダム史」のレベルでは、宇宙世紀作品を中心とした「過去のガンダム作品」の暗喩


 そして各作品を見た世代に対応させていると思われる「現代史」のレベルでは、「第二次大戦と東西冷戦」の暗喩です。



 このように、『ガンダムAGE』に登場する様々な要素は、「作中人物にとってどういう意味があるか」のほかに、「ガンダム史では何に該当するか」「現代史では何に該当するか」という多重の解釈のチャンネルが存在します。
 こうした色々な見方を駆使する事で、思わぬ発見をさせてくれるのがAGEという作品です。読者の方も是非、色々な見方を試してみていただければ幸いです。



   ▽ディーヴァの規律とセキュリティ管理


 この回の一番の突っ込み所は、個人的には以下のやり取りかと思います。ファーデーンでのザラムとエウバの小競り合いをモニターで見ながらの、ミレースとアダムスの会話です。



「居住区で戦闘が起こっています。これがファーデーンの内戦……ザラムとエウバの小競り合いですよ」
「何て愚かなコロニーなの……」
「あっ……ガンダム!?」
「え!? なんでガンダムが出てるの!? 聞いてないわよ!」



 いや、「聞いてないわよ!」じゃないですよミレースさん。
 くどいようですが、現時点でガンダムはディーヴァが保有するもっとも強力な戦力であり、軍の所有する兵器です。なのに、バルガスが持ち出した事にまったく気付かないというのも大概です。前回、まったく部外者の子供にガンダムを強奪されかけたばかりだというのに。


 フリット編のディーヴァについて言えば、今後も大体こんな感じで、セキュリティ管理がザル同然なところをたびたび見かける事になります。前回、グルーデックがディーヴァを私的に使用しているという理由で拘束されかけているように、実質この時点のディーヴァは軍の管轄から離れているような状態ではあるのですが……それにしても、正規軍とは思えない規律の緩さが見て取れます。


 この辺をどう見るかも、人によって違いそうです。あくまで作品内に理由を探すなら、「銀の杯条約」で長らく平和な時代が続いたので軍の規律がかなりグダグダになっているのか。あるいはメタな理由を探すなら、作中のリアリズムはまだファーストガンダム以前の空気を濃厚に残しているので、こういった規律はあまり現実の軍隊に即した描かれ方を「まだ」していない、と見るかです。
 後者の理由であれば、物語が後に進むほどに、正規軍としての規律を重視する方向に描写がシフトして来るはずですが、さてどうでしょうか。引き続き物語を追っていきたいと思います。


 次回、いよいよAGEシステムが、その本領を発揮する事になります。お楽しみに。





『機動戦士ガンダムAGE』各話解説目次