シャーロック・ホームズの事件簿

 

 

 ホームズシリーズもこれにてラスト。今回は特にネタバレ注意。

 

 最後に来て、明確に初期の頃と読み味の違う話が散見されるようになってきた事に気付いて、いろいろと示唆的だなと思った事でした。とくに、「なんだその結末」といささか呆気にとられた「這う男」とか、ホームズがほとんど推理をする余地をもたない「覆面の下宿人」とか。

 思うに、探偵ホームズという存在にはいろいろな役割があって、そのうち特に後期作品で顕著になって来たのが、「外部からやってきた未知のものを鑑定する役目」だったのかなと思うわけです。

 この巻だと「ライオンのたてがみ」「白面の兵士」が分かりやすい。前者は、不可解な殺人事件に見えていたものが、実は嵐の影響で遠方からやってきていた自然の危険生物だったという話で。推理による事件の解明というよりは、外部からやってきた物が原因で起こった不可思議な現象の鑑定という方が近い、という感覚です。

 そもそもホームズの活躍した時代、作中でも頻繁に登場する電報や船舶による物流の向上で、イギリスと世界中がかつてないくらい結びついて、それに合わせて海外から未知のもの、不可思議なものが押し寄せてくる時代だったわけですよね。ホームズはそうしたものを正確に鑑定し、未知ゆえに得体が知れなくて恐怖と混乱を巻き起こしていた状況を鎮める役割を負っていたのだとも読めるように思います。これは『四つのサイン』でインド由来の特徴的な凶器を見極めたり、「オレンジの種五つ」でアメリカの秘密結社の存在を紹介して事態を正確に把握したり、「悪魔の足」で海外の特徴的な毒物を鑑定して事件を説明したり、というようにシリーズを通して行ってきたことなわけで。この巻の「ライオンのたてがみ」のクラゲ、「這う男」の猿、「白面の兵士」の伝染病なんかもその系譜だと見た方が分かりやすい。

 作品の発表年代に照らせばまるきり逆ですが、私の読書遍歴に引き寄せて分かりやすく説明するなら、京極夏彦の妖怪シリーズにおける憑き物落としに近い事をホームズもやっているわけですよな。

 そういう意味で、探偵小説というのが正にこの時代に本格的に火が付いた、ということの理由の一面が非常によく分かる作品なのだと思います。

 

 必ずしも推理小説として満足できる作品ばかりではありませんが、だからこそホームズシリーズの本質を読み取るにはかえって示唆が多い短編集だと思ったことでした。

 

 さて、せっかくなのでもうしばらくミステリの古典もいろいろ読んでみようかと思ったりもしていますが、まぁ他にも読みたい本候補は大量にあるので(多分全部読んでたら人生が5回くらい必要なくらいあるので)、まぁぼちぼちで。