近畿旅行2009 4日目 京都太秦、嵐山、金閣寺


 旅行日記もこれにてようやく最後。あとは読書感想も溜まってるからなぁ。





 4日目、ゆっくりめに起床。
 とにかく、一昨日昨日と山登りばかりで、さしもの私も困憊気味。山の爽やかな空気も存分に吸ったわけですし、今日は普通の京都観光にしようと決意したのでした。
 今日は平らなところだけ歩こう!


 とりあえず一旦京都駅へ出ます。サラリーマンたちに交じって駅周辺を歩き回ったのは、朝食を食べる場所を探していたわけですが、ここで大阪伊丹空港行きのバスが京都駅から出ているのを発見したのはありがたかったです。当初、そんなこと知らなかったから一度大阪まで電車移動するつもりだったからね。毎度下調べのおろそかな私。
 で、京都駅八条口側にあった安い定食やさん、「やよい軒」さんで朝食。サービス期間中ということで、カツ丼が390円で食べられました。うっうー♪



 ここから、太秦行きのバスに乗りました。
 実は以前にも太秦には行っているのですが、蚕の社だけ見て、広隆寺なんかは見ていなかったし。他にも面白そうなところが近くにあるし、行ってみる事にしました。基本的に京都って中心部よりも周縁部に観光地が多くて、東南と西北方向に見るものが集中してたりします。今回の旅ではまだ西側はほとんど見てませんでしたし。


 ……で、このバスの中でうっかり居眠りをしてテンパり、うっかり降りる停留所を微妙に間違えてみたり。そして20分くらい余計に歩く。まあ私の旅の宿命のようなもの(笑)。


 なんとか迷わずに、たどり着いたのが太秦の……映画村であります。



 この京都太秦映画村への入場料が2200円で、はてそれほどの出費に見合ったものが見られるのかどうかちょっと迷ったのですが。今まで見てきた寺社と違って、テーマパークですからねぇ、男一人身で楽しめるのかどうか(笑)。
 けどまぁ、えいやっと支払って中に入ってしまいました。無駄になったならなったでも良いかーと思って。
 そして私が中で見たものとは……。



いきなり入口で出迎えてくれるのが実写版赤影だと?w
そして……。



……オーケー、入場料分の元はとった(ぉ
 まあ中の展示は歴代暴れん坊将軍のパネルと、将軍の御座を再現したセットと、そして何故か大音量で流れるマツケンサンバでしたが。ていうかサンバ流すのは趣旨からはずれてないか?(笑)


 首をひねりながら中へ入って行きます。ここも妙に修学旅行生多かったなぁ。
 中はというと、時代劇でよく見るセットの中に入り込んで、自由に歩き回れる空間という感じ。
 これがけっこう楽しいのですよ。「あーあー、時代劇でこういう風景よくあるよくある」みたいなところを覗き込めるというのが。
 茶店とか宿屋とか、結構中まで上がり込んでも良いような作りになってますし。少なくとも祖父母と暮らしてて、時代劇よく見てた私には意外にも楽しめる空間だったりしました。
 普通の建物の他にも、よく忍者とかが潜んで悪代官の密談を盗み聞きする縁の下や天井裏の情景が再現されてたりもして。



忍者が置き忘れたペットボトルを発見。



 あちこち歩き回っていると、芝居小屋の前で呼びこみをやっていまして。なんでも、ガマの油売りの口上を再現した出し物が間もなく始まるとの事。それは是非見てみようと立ち寄る。こちとら、御用もお急ぎも御座いませんしね(笑)。


 ……まあ実際見てみると、そこまで達者なわけではありませんでしたが。
 持っている刀が本物じゃないわけで、例の有名な「4枚が8枚、8枚が10と6枚……」というアレも、32までいったところで「もう半分に切った事にしまして……」という具合で、そりゃないぜ(笑)。
 わざわざ客席から修学旅行生を引っ張り出してくるのに、その腕を切ったふり、そこに薬を塗ったふり、という感じで、まあ仕方ないとはいえあまり盛り上がらず。
 間に漫談めいた小話を挟んで客を引きこむわけですが、それもスベり気味という具合で、全体的にちょっと間延びした印象の出し物でした。まあそれでも、お決まりの口上がすらすらと出てくるのを聞くのは悪い気分ではなく、それなりには楽しみましたが。これ自体は特にお金とってるわけじゃない出し物ですし、まあこんなものかなぁというところ。



 外に出まして、なおも中をぶらぶら。
 で、縁日の射的よろしく、手裏剣を投げて的にあてるゲームがあったので、年も考えずにやってみたりする私。忍者すがたのお兄さんにコツを教わりつつ、金属製で重さもけっこうある、わりと本格的な手裏剣を投げ……。
 当然のようにすべて外しました(ぉ  こういう時は本当にダメだなぁ(笑)。
 で、参加賞だけもらいました。



ねんがんの ぴろぴろぶえを てにいれたぞ


 今日から私をヱビス丸と呼ぶが良い(謎



 ちょうどこの写真を撮った辺りが、廻船問屋を再現した辺りでして。近くには奉行所のお白州を再現したコーナーもあり、そちらの方を眺めていたりしたんですが。
 そこで不意に、背後から壮絶な気配と轟音が。
 特派員が見たものとは!?



……リアクションに困るようなモン仕込むな(笑)。
 まあここはあくまで江戸時代ですからね。きっとこれも恐竜とか怪獣じゃなくて……えーっと、そうだ、スッポンの幽霊か何かですよ(何



 大体こんな感じで。他にもお化け屋敷とかあったんですが、臆病な私は全力で回避。
 入口の建物に戻りまして、まだ見ていなかった2階の展示も見に行ってみたところ、これが完全に東映ヒーロースペースになってました。仮面ライダーと歴代戦隊ヒーローと某プリティでキュアキュアな人たちがずらりと並ぶ謎空間。
 映像とかもガンガン流れてまして。歴代仮面ライダーの主題歌を流しているブースが、私が行った瞬間を見計らってBLACKの曲を流す荒業を披露。懐かしい映像に思わず見とれる私であった。ていうか周りに誰もいないのをいい事に口ずさんだ(笑)。


 一通り見終えて、お土産品などが売っている売店コーナーを眺めます。そう、ニコニコ動画プレミアム会員でもある私としては、太秦映画村に来た以上は押さえておかねばならないものがあります。



これさ(ぇ


 これぞ悪名高い、京都太秦映画村公式マスコットキャラクター、からす天狗のうじゅさんです。
 ……いや本当ですよ。本当に公式。


http://www.ujyu.jp/
 見よこの神々しい公式HPを。


 これが企画として通ってしまう辺りに、なんともいえない昨今のテーマパークの苦戦具合が偲ばれるわけでありますが。どうあれこのはっちゃけぶりが、日本中を(主にニコニコ住民を)戦慄せしめたのでありますよ。


電波ソングに耐性のない方は視聴をお控えください。脳が溶けます(ぇ


D

諸君、これも京都だ(ぇ
京都で最も歴史のある地、太秦は時代の最先端も走っていた、的な。
ていうか、よりによってMOSAIC.WAVに頼みに行く辺りに、映画村様の気合いの入り方がうかがえます。もう何て言うか。


 まあでも、現地では売店の片隅に、目立たないようにひっそりと置かれていました。さすがに大々的にプッシュするわけにはいかないようですw



 さて、気を取り直して。こうしたテーマパークの食堂はお値段高めですし、ここでの食事はパスして外に出ました。
 もちろん、映画村だけのために太秦に来たわけではないのですよ。


 そんなわけで、徒歩で蚕の社こと木島神社へ向かいました。観光用の案内なんてほとんどないので若干困りましたが、現地の人用の防災避難用地図でどうにか場所を確認してたどりつく。



木島神社。


 蚕の社という呼称でお分かりのように、養蚕に関する神社ですね。古代日本の渡来人、秦氏ゆかりの神社です。
 何といっても特徴的なのが、



三本鳥居。通常の鳥居と違い、組み合わされて三角形を形成しています。


 京極夏彦『絡新婦の理』でもちょっとだけ言及されているのですが、この三角形が「六芒星ダビデの星)」を構成する三角形だとか、そういう話がけっこう昔からありまして。なんと現地の案内板にも触れてあったのですが。
 こう書くと唐突なようですが、そもそもこの秦氏というのが一筋縄ではいかない存在で、本人たちは秦の始皇帝の子孫だと自称してました。で、わりと古い研究の時点で、この秦氏が、当時中国までは確実に来ていたネストリウス派キリスト教を日本に持って来たんじゃないかというような話がありまして。そのネストリウス派キリスト教が中国に来た事を示す石碑の名前が「大秦景教流行中国碑」というとか。
 またこの蚕の社から歩いて5〜10分、太秦広隆寺のすぐそばに大酒神社というやはり秦氏ゆかりの神社がありまして、祭神は秦の始皇帝という豪儀な神社なのですが、この「大酒」は古くは「大闢」と書いたとかで。これを元が「辟」だったと解釈すると、「大辟」はダビデの漢訳だとか何とか……。


 まあどこまで信じるかは人それぞれの話ではありますが、いずれこんな鳥居は日本中で他にあまり例がない。ちょっと気になる場所なわけです。実際、眺めてみると、なんとも判別しがたい不思議な鳥居なわけで。
 近くに来たなら、一見の価値はあるかと思います。見つけにくいですが。


 で、お参りを済まして来た道を取って返し、上で名前を出した大酒神社、そして広隆寺へ向かいます。



途中で撮影。実に青々。もう夏であります。



 大酒神社は、始皇帝を祀るという割には比較的小ぢんまりとした神社でした。こちらは軽くお参りを済ませ、いざ向かうは広隆寺



 境内に一歩足を踏み入れて、その広さもですが、雰囲気の微妙な違いに心が向きました。ここまで、基本的には平安時代以降のお寺や神社を主に見てきたわけですが、ここはそれ以前、飛鳥時代からの歴史を持つ場所です。もちろん、建物自体はそんなに古くなくて、大半が江戸時代とかの再建なんですが、それでも、気のせいかもしれないけど、やっぱり空気が違う気がする。
 ……まあ、現在は真言宗なんですけどね、広隆寺空海ゆかりの仏像なんかもあるし。



広隆寺太子殿。


 この日も非常にいい天気で、強い日差しの中、境内の雰囲気を楽しんで歩きました。
 ただ、まあ先日の知恩院でもそうでしたが、観光シーズンじゃない時期の旅行だったので、なんか庭師さんとか、つなぎの作業衣を着たおじさんとかが普通に作業してるのには閉口しました(笑)。まあしょうがないけど。


 そして、霊宝殿の中へ。
 ここでまた、重要文化財や、あまつさえ国宝を浴びるほど見る事ができました。考えてみるとすごい空間。
 特に、誰しも歴史の教科書で見た事があるだろう弥勒半跏思惟像を見られたのが大きかったですね。それもガラス越しとかでなく、距離的に離れているとはいえ直に見えるわけですから。
 大々的に感動するわけではなかったけど、とにかく繊細な像で、気がつくと見入ってる感じ。他の十二神将不動明王像なんかもなかなか。
 他に印象に残ったのが、秦河勝夫妻の木造でした。なんともいかめしい表情。
 もちろん写真撮影は禁止だったので、黙々と観覧して、満足して外へ出ました。



 ここでバスに乗り、次の場所へ移ります。何となく、嵐山へ行ってみました。
 嵐山については特に予備知識も何もなくて、ただ有名そうな所に行ってみたというのが正直なところです。まあ予備知識だけを頼りに行っても、前日の比叡山みたいに観光とはあまり言えないような迷走になりがちなわけですし。せっかく京都に来たので、少しは観光らしい観光をしたって良かろうという(笑)。


 お昼の、多分1時を過ぎていたと思いますが、嵐山に着きました。



来てみると、なるほどこれは確かに風光明媚なところ。写真右手に見えているのが渡月橋


 さっそく見て歩こうかと思いつつも、そろそろ空腹がこたえてまいりまして。
 まあこここそ完全無欠の観光地、お食事もそれ相応のお値段ではあります。しかしまぁ、段々この数日でタガが外れて来たのか、たまには現地の美味しいもの食べてみようかという気になって参りまして。店頭にあった「ゆば」の文字に魅かれて、



頼んでみました、ざるそば御膳。それでもざるそばを頼むあたりが私クオリティ。
しかしこれでも、ゆばと豆腐は味わえます。


 おいしかったのは豆腐。薄味なんですが、こう、味覚として感じるか感じないかくらいの、ほのかな味がじんわりと来るわけですが、これが美味しいんですよ。いやはや、こんな奥ゆかしいというか、上品な食べ物を食べたのはどれくらいぶりかしら。
 また、天ぷらも美味しかった。


 ゆばは、ちょっとピンと来なかったかな。まあ私ごとき貧乏人にはそんなものでしょうか。何だろう、とにかく「口の中でとろけるものは美味しい、高級!」っていうのは人類共通の尺度なんでしょうかね(笑)。テレビで高級な食べ物とか見てても、大抵「口の中でとろけ」ますよねw


 それにしても、全体として豪華なお食事でありました。うん、やっぱり現地の食べ物を食べるのは良いですね。
 しかしこんな贅沢して、mixiの松屋コミュの人たちにバレたら破門されてしまうな(ぉ



 さて、腹ごしらえも終わったところで、嵐山散策に出発。
 渡月橋を渡り、地図を見つつとりあえず大悲閣千光寺という表示に従って歩きだしてみる。
 道は川沿い、景色はまさに絶景というわけで、歩くのは非常に楽しく。


 途中、宗像神社があるというので寄ってみようとしたのですが、いやはや、境内が若い娘さんでひしめいておりまして、いや本当に。とても割りこめる雰囲気ではなく、そそくさと退散しました(笑)。一体どこからあんなにうら若い乙女さんたちが湧いて出たんだか。



 さて、この嵐山はもともと、平安貴族たちが舟遊びをしに来ていた景勝地だったそうで。そりゃあ景色も良いはずだ。つまり嵐山観光は貴族気分を味わいに来るようなものって事か。
 そのせいか、観光バスでいらっしゃる貴族様方は、徒歩で1キロ以上歩く大悲閣の方まではいらっしゃらないようで……ていうかまたこんな歩いてるじゃん。



景色はすばらしい。



天気もすばらしい。



そのせいか、楽しくずんずん歩けました。ちなみにこの写真は現在私のPCの壁紙。



 まあ、こんな風景の中を歩いて行ってるんで、実に上機嫌だったわけですが。ここからしばらく歩いたところで、外人さんがトランクス一丁で水浴びしてるのを見て、ぎゃーってなりました(笑)。この辺まだ、観光のためのボートとかが通りかかる場所だと思うんだけど。
 確かにどこにも「水浴びダメ」って書いてないけどさw



 で、その先辺りで、道は上り坂、さらに階段へと変わってきました。あ、あれ?
 ……ええ、はい、大悲閣は山の中腹にあったのでした。


 そんなわけで、またしても山登り開始。ここまで来て、何も見ずに引き返すのも業腹ですし。しかしこれがまた思ったよりはハードで……。



……おかしいなぁ、今日は平坦なところだけ歩くハズだったのに、なんでこんな良い景色が見えるんだ?


 結局、半ばヤケになって上り続け、ついに大悲閣へ到着しました。



そんなに大規模なお寺ではなく。わりとアットホームなところ。


 私が行った時は、ご住職自ら、私の前に来た観光客の方に色々と説明していました。
 横で立ち聞きしたところによれば、平日この大悲閣まで来るのは多くて6人くらい、少ない日は0人。そのうち3分の1は海外の方だそうで。まぁそうだようねぇ、この4日間を思い返しても、明らかに日本人より海外の人たちの方が熱心に見てたし。
 ちなみに、残りのうち3分の1は元からこのお寺に関係した人らしいので、純粋な日本人の観光客は全体の3分の1止まりというわけ。


 その数少ない日本人観光客として境内の中を歩かせてもらいました。ここは比較的新しい来歴のお寺で、角倉了以が創建だとか。戦国時代から江戸時代にかけて活躍した京都の豪商で、河川の掘削によって交通・流通の便を飛躍的に向上させた人。もちろん商人なので、出来あがった運河からは通行料をとって利益を上げてましたが、それでも「人の不利益になるような事をやって儲けるべきじゃない」というポリシーを貫いた人だったようです(人を捐(す)てて己を益するにはあらず)。実際、その運河は以降300年間に渡って京都のメインの流通路としてその繁栄を支えた、とか。
 この大悲閣にはその了以の木造もありまして。骨ばったいかつい顔の老人で、いかにも頑固者という感じ、けどその気骨が大きな工事も成功させたのだろうなーと思わせます。
 こうして、予想していなかった意外な人に出会えるのも、下調べをしない旅の醍醐味です。無駄も多いですが(笑)。



境内から京都を望む。結局またこんな高いところまで登ってしまった。
もう当分、山と名のつく場所には近づかないぞと口の中で呟きながら元来た道を戻りました。


 下に降りました。意外に時間を食ったので若干急ぎ足。
 ちなみに、帰りにみたら、さっきの外人さんたちは3人に増えてました。全員トランクス姿。ええい、この南蛮人どもめw



途中、水鏡に映る景色が奇麗だったのでもう1枚。



 渡月橋まで戻りました。この日はあと、なんとなく金閣寺にも行ってみようかと思っていたのです。過去2回京都に来ましたが、そういういかにも観光地らしいところには見向きもしていません。けどそういうひねくれ心を起こして有名どころを避けてても、いざ機会があって行ってみると大抵すごいところで、なんで今まで来なかったんだと後悔するわけで(笑)。
 まあ、そろそろ今回の京都旅行も終わりです。最後に、京都を代表する場所を見て名残を惜しむのも悪くない。


 ところが、とにかく大量のバスと網の目のように張り巡らされたバス路線網を初日から感じていたので高をくくっていたのですが、実は嵐山から金閣寺へ直接行けるバス路線がないというお話。
 で、観光客向け人力車を引っ張るお兄さんに聞いてみたところ、親切に行き方を教えてくれました。一度電車に乗って、そこからバス。5時には閉まってしまうから、急いだ方が良いですよとか言われる。
 仕方ないから急いでその駅まで行きました。えーいもう、なんでこう慌ただしいかなw



その途中で見かけました。うぅ……時間に余裕があれば是非立ち寄りたいのに!(えぇ〜



 若干迷いましたが、どうにか4時30分前には金閣寺に到着できました。やれやれ。



そんなわけで鹿苑寺金閣。おそらく過去100万枚以上も撮られただろうアングルからの1枚。


 さすがにここは人出多かったです。
 ようやく着いて、眺めて、当初人の流れに合わせて通り過ぎかけたんですよ。まあ散々本で見た光景だなぁと思いながら、確かに実際に見た感慨はありつつ、普通に通過しそうになって。
 けれど眺めているうちにどんどん気になってきて、もう一回、さっき写真を撮った場所まで戻りました。



周囲の庭園もフレームに入れつつ。


 これだけ金キラキンなわけですから、派手には違いないんですよ。にも関わらず、眺めているうちに静謐な建物であるようにも見えてくる。周囲の庭園もすごく落ち着いた良い庭園で。けど、落ち着いた静謐な情景かと思うと、やっぱり金ぴかである(笑)。
 その上、これ3つ階層があって、すべて違う様式なんですね。上から禅宗様、武家造、寝殿造
 そういう事も含めてすごくアンバランスな建物なのに、何か圧倒的なインパクトで迫って来るような。これは何だろうと考えて見入っているうちに、その場から動けなくなってしまいまして。
 そもそもなんで金色にしようと思ったんだろうとか(笑)、これ一番下の階も金色だったら印象はどう変わったろうかとか。考え始めると止まらない。見飽きない。
 いやいや、実にこれはすごい建物かも知れない、と今さら思い知ったのでした。



 ……まあもちろん、脳内BGMはこれだったわけですけど(ぇ
D


 東方厨で大変申し訳ない。このゲーム中に、「金閣寺の一枚天井」というネーミングの弾幕が出てきまして、これが難易度の高さと攻略の楽しさで界隈では有名なのでした。この曲をバックに避ける弾幕が非常に楽しい。
 もちろんこのネーミングには由来がありまして、1950年に焼失するまでの金閣寺の天井は、楠天井の一枚板だった、と伝えられていたとか。このサイズの建物の天井が一枚板だとすると、とんでもないわけです。
 まあ今ウィキでちらっと調べてみると、実際には一枚板ではなかったという証言があるようなので、単なる言い伝えなのかも知れませんが。
http://www.geocities.jp/edelfalter/arch_kinkaku.htm
こちらも参照のこと。


 ともあれ、東方プレイヤー的には、金閣寺といえばこのBGM。脳内で流れるのも致し方なし。自分の好きな作品の舞台訪問でもある、というのも旅を楽しむ要素でありました。



 この金閣を眺めながら、今回の京都旅行の事を振り返ったりしました。
 京都はCMなどで1200年の歴史が云々と言われますが、実は建物としてそこまで古いものはあまり残っていない。大半が応仁の乱で焼けてしまったからですね。ですから江戸時代に再建された、というのがほとんどだったりします。本当に1000年以上前の建築を見たいなら、奈良へ行った方が確実なのでしょうね。もちろん京都にもまったくないわけじゃないけど。


 とはいえ、そうした再建まで含めて、非常に面白くもある。いろいろな時代の意志とか思惑とかが混ざりあってて、重層的に浮き上がって来るような面がありました。
 たとえば知恩院には、法然上人の他に徳川家康の意志も強く感じられるし。嵐山に平安貴族の面影と、戦国期の商人である角倉了以の足跡が同居していたり。もちろんそこに近現代、我々の時代も混ざり込んでいるし。私が根拠地にしていた四条河原町から少し歩くと、坂本竜馬が襲撃された近江屋跡を示す碑がありますが、現在その近江屋だった場所は繁華街のど真ん中、パチンコ店やゲームセンターのただ中です(笑)。


 そういう複層的な街だからこそ、歩きまわるのも楽しいですしね。
 結局今回の旅で、重要文化財だけで50〜70(もしかしたらもっとか?)、国宝も15くらいは目にしたはず。どうしても見たくて見に行ったものもあり、まったく予期せぬ発見もあり。
 正直、京都を本当に見尽くそうと思ったら丸1か月あっても多分足りないと思うけれど、それでもこの4日間で実に様々な発見と感慨を得ました。今まで関心を持たなかったところにも意識がつながるようになったし。
 とりあえず、金閣寺に触発されて建築様式に少し興味が出てきた。それに法然上人についても勉強してみたくなったし、余裕があれば秦氏聖徳太子についても。他にも細かい興味関心はたくさん。
 勉強方面の他にも、山の空気を心行くまで吸って、日頃の東京暮らしじゃなかなか見られない景勝や、良い庭園を見たりして旅行グルーヴも満たされ。
 4泊中3泊が漫画喫茶というバカ旅行でしたが、いや実に素敵でした。


 京都来て良かった! と心から思えて、それが嬉しかったなぁ。



最後に1枚。鹿苑寺を出てすぐのところから見える大文字。



 心地よい満足感を抱えて、四条河原町へ帰還。これにて私の京都観光は終了となりました。
 本当は翌日、帰る日にも午前中に多少どこかを見るくらいは出来るのでしょうが、飛行機が「空席があれば乗れる」条件のチケットですし、あまりバタバタしたくもなく。それにこの金閣で感じた満足感が、旅の終わりにふさわしい気がしたので、翌日は帰るだけにしました。



 最終日、起床して京都駅へ。
 京都1日目に入った京都タワーの温泉にもう一回入って疲れをとり、あとはひたすらお土産を買いこみ。
 そして空港バスへ乗って大阪伊丹空港へ。



今回は、展望台から撮影する時間もありました。いやまあ、文明人としてはなはだ今さらですが、あんなものが飛ぶんだなぁ(ぇ


 帰りも無事飛行機に搭乗。で、席に着くとほぼ同時に眠りこけ、離陸の瞬間すら目覚めないくらい爆睡しました。やはりよほど疲れが溜まっていた模様。
 気がついた時にはもう羽田に着陸しようかという状態でした。



そして飛行機旅行の楽しみといえばこれ。コンベアーで流れてくる荷物を眺めるのが好き(笑)。


 そんなわけで無事東京に帰りつきましたとさ。
 とりあえず家帰って、PCつけて一通り巡回したら、あとはひたすら眠りました。ぐったり。
 ともあれ、無事に帰宅できて何よりでした。お付き合いいただいた読者様もお疲れ様でした、ということで。