機動戦士ガンダムAGE小説版 第1巻
機動戦士ガンダムAGE (1)スタンド・アップ (角川スニーカー文庫)
- 作者: 小太刀右京,大貫健一,黒銀,矢立肇,富野由悠季
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2012/01/31
- メディア: 文庫
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で、小説版も読み始めてみたわけですが。
正直あんまり期待値は高くない状態で読み始めたわけです。まぁ作品解説なんぞと偉そうなものを書き始めた手前、読んでないというのもバツが悪いしなぁ、くらいの気分で。
ところがですね、読み始めてみたら、冒頭のわずか十行たらずでもう、度肝を抜かれたわけです。
数えきれず繰り返された戦乱は、幾億の人の命を虚空に散らせ、モビルスーツという人型をした異形の兵器を生み出す契機ともなったが、そのことが人類に紛争を根絶しようという意志をもたせたのも、そのポテンシャルの副産物といえよう。
が、そのような歴史を積み重ねながらも、平和というぬるま湯の中で、武器を捨てる高貴さ、魂のノーブルとも言うべきものを摩耗させてしまうのは、人の愚かさなのだろうか?
そうではない、と信じたい。
これは、この文体は富野由悠季じゃないですか!w
ポテンシャルなんて言葉の使い方も、「魂のノーブル」なんて妙な言い回しも、「そうではない、と信じたい」みたいなナレーションの強調したい部分で改行する手つきとかも。
あと、この妙に悟りきったような、けど完全にドライになりきるのも嫌だ、みたいな独特の語り口も。
で、このノリが冒頭だけでなく、全体を通して続くので、私はもう仰天してしまったわけです。いやいや、世の中には本当に芸達者な人がいるもので。
たとえば、セリフの中に「そう信じさせてください」とかいう富野セリフならではの独特の言い回しが散らしてあったり。
またグルーデックの下を訪れたエミリーのシーンで、グルーデックのセリフとかも。
「正しい物の見方、と言ってもらいたいな、エミリー・アモンド。そういうキミも、フリットを戦争に巻き込みたくない、というエゴを口にしているだけではないのか?」
ときどき意味もなくフルネームで呼びかけるのが富野流セリフ術です(笑)。いやぁ、シリアスなシーンで笑うべきところなんかないのに、あんまり富野っぽい文章遣いが巧みなんで、読んでる間ニヤニヤしっぱなしでした。
これ、作者はとんでもない文体模倣の達人か、もしくは生粋の富野小説マニアかのどちらかだと思いますよ。本当にすごい。小説読んで心から脱帽したいと思ったのは久しぶりです。
で、内容はというと、アニメ版のフリット編、特に序盤で子供向けアニメっぽい要素や演出がしてあるのをすべて排して、最初から徹底的にガンダム的な、ミリタリー的なリアリズムを可能な限り徹底しています。
おかげで、バルガスとかディケとか、完全に別人(笑)。
特にUEと初遭遇時の、ラーガンとバルガスとの会話は必見ですので是非買って読んでみてください。別人すぎて抱腹絶倒できますのでw
アニメ版AGEが、歴代ガンダムの様々な要素を貪欲に取り入れていった作品だった事を思ったとき、そのノベライズが富野ガンダム小説の文体を高精度で取り込んだものだというのは、いかにもAGEの小説版に相応しい、面白い趣向だと感じました。
またアニメ中の矛盾点なども、可能な限り潰してあるようです。
たとえばアニメ版で、フリットがデシルをディーヴァのMSデッキにまで連れ込んでいたせいでガンダムが奪われる形になるわけですが、普通に考えれば部外者を軍事機密だらけの場所まで連れ込んで、揚句機体まで奪われる結果を招いたフリットは処罰対象なわけで。作中でお咎めなしなのは普通の軍隊であればおかしいなんてものじゃないのでしょうけれども。
そこを受けて、小説版ではデシルは最初からディーヴァに潜り込んでおり、MSデッキで初めてフリットと邂逅した事になっています。さらに、ラーガンからフリットの処罰を免除するべきという助言もあった事が記されていたり。
またエミリーやディケがディーヴァに乗り続けている理由もちゃんと説明していますし。
なので、アニメ版AGEを見て「こんなのガンダムじゃない!」と思った方は、恐らく小説版がしっくりくると思います。富野小説をある程度読んだことのある方なら、多分退屈はしないでしょう。
しかし一方で、これはアニメ版とは完全に別ものなので、アニメ版の考察や解釈に小説版を援用するのは、多分無理筋になると思います。
また、極力矛盾の生じない、理に落ちた展開で整合しようとしているため、アニメ版の方で力を入れて描かれていたテーマやポイントが逆に霞んでいく可能性もあるかなーと、そこは気になっていたりします。
この第1巻の時点ではファーデーン編が途中までなので、ファーデーン編の最後をどう処理するかを見届けないと何とも言えませんが。
AGEはリアリズムの面では変則的で、矛盾や混乱も多い作品でしたが、フリットという人物が戦いの過程で人の絆と信念とに雁字搦めにされて、戦いから抜け出せなくなっていくという部分の描き込みは非常に丁寧でした。それは、ファーデーンでザラム・エウバに言った事や、最終決戦でデシルに言った事がすべてフリット自身を縛って、UE=ヴェイガンを人間と認めるわけにいかなくなる過程を経たからこそフリットの「引くに引けない」部分のウェイトになっていくので。小説版が、その辺をどう料理するのか。
ただ、その辺どうなのかなー、と少し気になる所。
まぁともあれ、これは力作には違いありません。
AGEを見た方も、AGEは気に食わなくて見られなかったけど富野小説は好きという方も、一読の価値はあるのではないかと。