機動戦士ガンダムAGE 第32話「裏切り者」

     ▼あらすじ


 ディーヴァがロストロウランへ向かう中、艦内から不審な通信のあった事が判明する。その情報源はシャナルア・マレンだった。一方、ヴェイガンはロストロウランへ降下部隊を派遣、戦闘が発生する。シャナルアは出撃の混乱にまぎれて逃亡、キオがAGE-3で追跡して問い詰めるが、途中でヴェイガンのMSの襲撃を受ける。
 キオをかばったシャナルアはヴェイガンのMSと刺し違え、「どんなことがあっても生き残れ」と言い残して事切れたのだった。
 一方、ロストロウラン内部に潜入したゼハートの部隊は、撃破されたと見せかけたMSの内部に爆弾をセット。ロストロウラン基地に危機が迫っていた。



      ▼見どころ


    ▽オマージュ元


 例によって、最初にこの話のベースになったオマージュ元の確認をしていきましょう。
 前回に引き続き、メインの展開はファーストガンダムをなぞっています。
 シャナルアがヴェイガンのスパイであり、彼女からもたらされた情報で連邦軍基地ロストロウランの場所が特定された、という展開は、



 ファーストガンダムのミハル・ラトキエのエピソードを踏まえている事は明らかです。
 ミハルの情報によってホワイトベースを追跡したシャア・アズナブルのマッドアングラー隊が、連邦軍基地ジャブローの入口を発見した事から、ジャブロー降下作戦につながるわけですから、ほぼ同一のプロットと言っていいでしょう。
 前回ほのめかしたように、シャナルアのケータイが『SEED Destiny』のオマージュであるなら、彼女の身内の遺品だといった設定にする事もできたはずですが、ミハル・ラトキエのイメージの方が強いようです。ミハルも幼い妹や弟たちの生活のためにスパイをしていた事が作中語られており、同様にシャナルアも妹の難病のためにスパイに手を染めたのでした。


 ただし。
 ミハルが外部から潜入してきた部外者だったのに対し、シャナルアは連邦軍パイロットだったという相違があります。この違いは思ったより重要です。
 フリット編において完全に外部の敵、エイリアンであったUEが、アセム編になって顔の見える敵兵になり、キオ編以降に至って「隣人が敵かも知れない」内部の敵になっていく、と何度か述べました。シャナルアがヴェイガンに内通していたという展開は、私のこの主張を支える最も重要な例の一つです。



 ともあれ、そういうわけで後半はジャブロー降下作戦のオマージュに突入していくのですが、ここでも細かく見ると、ファーストガンダム以外の作品要素があちこちに潜ませてあるのが見て取れます。
 宇宙世紀に、ジャブロー降下作戦は二度あります。



 ヴェイガンが艦船からMSを降下させる様子は、無論



 一年戦争ジャブロー降下作戦のイメージです。
 しかし一方で、



 連邦MSがホバー移動していたり、



 SFSを利用したMSがいたりするところは、



 Zガンダムでの、エゥーゴによるジャブロー降下作戦がオーバーラップさせられていると見るべきでしょう。



 また、この作戦で投入されたヴェイガンのMSウロッゾ、ゼハート機は赤い色で、



 もちろんこれは、シャア専用ズゴックをイメージしています。
 しかしウロッゾの機体構造は、両腕が長く、人型から離れた特異な形状をしており、



 これは、ハイゴッグのイメージの方が強いと見る事もできるでしょう。
 元々、ヴェイガンのMSは人型から離れたデザインが指向されているいるため、ジオンMSの中でもことさら人型から遠いハイゴッグを持ってきたのだと思います。
 そうして見ると、シャナルアのクランシェとヴェイガンのウロッゾが相討ちになるところも、ザクII改とガンダムNT−1アレックスのシーンに似ていなくもありません。
 この辺り、可能な限り多くのガンダム作品を取り入れようとするコンセプトがあったんじゃないかという思いを改めて強く感じたり。


 ついでに言えば。
 フリット編にて、いわばビグザムのような位置で登場したのが



 このデファースです。
 ファーストガンダムに登場したビグ・ザムは、設定上はジャブロー攻撃を目的に作られた兵器でしたが、作中ではこの機体(の量産)によるジオン公国ジャブロー攻略は成し遂げられませんでした。
 それを踏まえて、



 AGEのロストロウラン攻略戦では、デファースの発展型であるレガンナーが投入されており、見方によってはジオニストの夢がこっそり叶えられている、とも言えます(笑)。
 こういう遊び心も、ガンダムファン歴の長い方には是非おさえていただきたいところ。



 およそこのように、相変わらずギュウギュウ詰めのオマージュ祭り状態なのですが、同時にこの回は、ドラマ的な面でも見所が多くあります。
 細かなセリフや、キャラの表情などを追って行く事で、この回の脚本意図を探ってみましょう。



      ▽ディーヴァの人間関係


 先に、フリットを見ましょう。
 ディーヴァブリッジにナトーラが不在なのをいぶかったクルーが、どこに行ったのかと問いただすと、フリットと二人で会議、という答えが返ってきます。
 それを聞いたオペレーター氏は「やれやれ、またお説教ですかぁ」とつぶやきます。


 この時点で、ナトーラがフリットに叱責されているように思われるのですが。
 実際、場面切り替わってナトーラと向き合ったフリットは、「決断力のない艦長など、もってのほかだ」といった説教をしてはいるのですが、これに意外なセリフが続きます。



「艦を任されたからには自信を持て。少なくともわたしは、少佐には艦長の素養があると考えているのだ」
 この、フリットのセリフは重要です。ナトーラではなく、フリットという人物を理解する上で。
 フリット・アスノは、ただ頑迷に相手を叱ったりするだけの人物ではないという事です。彼は、人を褒めて伸ばす事もできる。ヴェイガンに対する強硬な姿勢の他に、こうした一面も持った人物であるというところは押さえておかないといけません。そうでないと、AGEという作品の大枠のテーマを見失う事になります。
 我々視聴者が見ても何となく察せられるように、ナトーラという人物はただ叱っていても伸びない性格です。彼女の、艦長として不似合いな言動は、知識や経験不足の他に、自信を持てていない事が大きな要因らしいからです。そうだとすれば、叱れば叱るほどかえって伸び悩んでしまう。
 以降の『ガンダムAGE』におけるナトーラ・エイナスの成長は、それを促したフリットの人材育成能力とある程度セットで見ていくと良いと思います。終盤に近づくほどに、この点が重要になっていくからです……イゼルカントとの対比において。
 いずれ詳述しますので、気長にお待ちください。


 さて。
 一方のキオですが、この回の前半はかなりゆったりした日常シーンになっています。前回のエピソードを経て、



 ウットビットとは完全に仲良し。
「お前ならできる」というセリフが示すように、全幅の信頼を得ています。
 展開が早すぎる、という風にも感じられますが、一定年齢以下の子供って、ケンカしても仲直りが早いし、一度仲直りすると以前の事を引きずらないもので、キオとウットビットについてはそんな風に見ておくと、微笑ましくてほっこりできます(笑)。
 また、ウットビットの以下の発言も、色々な意味で面白い。



「母ちゃんはモビルスーツに乗ってたくせに『機械いじりなんかより本を読め〜!』ってスゲェ怒るし。ディーヴァに乗るの最後まで反対したの母ちゃんだったんだぜぇ?」
 母ちゃん、とはアリーサ・ガンヘイルの事です。
 アセム編でのアリーサを思い返すと、とても「本を読め」なんて言いそうにないのですが。しかし、そこが逆にリアリティのあるところでもあります。読者諸氏は自身の母親を思い出してみてください。やっぱり、自分の若いころを棚に上げて「勉強しろ」って言ってませんでしたか?(笑)
 くだらない事のように思えますが、このような有り触れた母親像を描くというのが、『ガンダム』という作品の歴史の中では逆にイレギュラーなのです。
 カミーユ・ビダンの母親も、シーブック・アノーの母親も、仕事に打ち込むあまり子育てを顧みない人物とされていました。アムロは物語開始時点で母親と離れて暮らしていましたし、ジュドーたちには親はいませんでした。ウッソ・エヴィンの母親は、ウッソに戦闘技術の英才教育をしていたり。
 富野監督によるガンダム作品で、ほぼ唯一「家族の絆」を描こうとしていたのは『ガンダムF91』だったのですが、結局シーブックの母親モニカ・アノーは



 子供たちに戦争の厳しさを諭されてしまう体たらくでした。
 子供に「勉強しろ」と言い放つ有り触れた母親こそが、歴代のガンダムにおいて不在だったのです。
 ガンダムAGEにおいて、ヒロインの存在感が薄いとよく指摘されます。確かに彼女たちは、物語に直接影響するような活躍をすることは少ない。しかし、彼女たちが戦場から距離をおく事によって、今までのガンダム作品とは違う現象が起きている事に注意しましょう。



 第27話の解説で書いたように、歴代ガンダムにおいて、主人公たちの乗る艦船は「疑似家族」の器として機能してきました。両親と決別したアムロ、両親を失ったカミーユなどが、それでも「帰れる所」としての疑似家族を形成していく、そのような器としてホワイトベースアーガマは存在していました。
 しかし、レミ・ルースの死に象徴されるように、そうした疑似家族の希望は断念されていった、という経緯は確認して頂いていると思います。
 結局、疑似ではない本物の家族の問題に取り組もうとした『ガンダムF91』は中途半端に終わり、『Vガンダム』においては再び家族の喪失(ウッソの母親は戦死、父親は最終決戦で逃走する始末)を描き、以降ガンダムにおいて「家族」の問題は大きく後退してしまいます。
 『Gガンダム』のドモンを除き、以降のガンダムシリーズの主人公は、そのほとんどが親を持たない者たちです。


 このように見てくると、AGEという作品の特異性は改めて認識できると思います。
 フリット、アセム、キオ。アスノの男たちには、疑似ではない家族が、「帰れるところ」が存在していたのでした。ヒロインたちが戦場から退く事で、彼女たちが凡庸に母親となる事で。
 これは(フライングになりますが)三世代編で、EDテーマと共に流れる映像が繰り返し示す事ですし、ここではアリーサの何気ないエピソードから、強く匂わされている事なのでした。


 実のところ。
 ヒロインをこのように扱う事については、当世シンプルではない問題を孕んでしまう危険性があります。
「女性は家にいればよい」というような、能天気で無神経な家父長制的な物言いは、当然の事、男女差別として糾弾されます。それはもはや、当たり前の常識というべきでしょう。
 そうであるが故に、既に見てきたように、ガンダムにおいても主人公が乗り込む艦船の艦長は女性である事がスタンダードになってきたのであり、また女性パイロットも増加してきたのでした。そして、この問題の複雑さは、Zガンダムにおいて「女が戦場にいるなんざ、気に入らないんだよ」と発言するヤザン・ゲーブル、「戦後の地球を支配するのは女だと思っている」と発言するパプテマス・シロッコの両極端な(それでいてどこか相通じる)セリフに表れてもいます。


 この件に深入りすると、それだけで本が一冊書けてしまうわけなので(笑)、今は触れるだけに留めますが。
 ただし一つだけ、AGEがあえて「有り触れた母」をガンダムで描いた事について、示唆しておく必要は感じます。他でもなく、こうした要素が「世代を重ねるガンダム」としてのAGEの勘所であり、ガンダムシリーズを通しての新しいテーマの導入であったからです。
『Vガンダム』の中で、スージィ・リレーンがこのような事を言っています。



「おさんどんに洗濯。お風呂の支度と食料の買い出しと。これさ、女の仕事っていうんじゃなくてさ、人間が生きていく上で最も大事なことなんだよ」


 男女同権の度合いを、ただ就職や職場での役職などの社会進出で量る場合、まるで家庭に関わる事自体がペナルティであり、ネガティブな仕事であるかのように語られてしまいかねません。しかし言うまでもなく、「おさんどんに洗濯、お風呂の支度と食料の買い出し」こそは、人間の生活の根幹であり、見方によっては最も重要な要素です。子育ても同様。
 男女は平等でなければならないとしても、平等が「生きていく上で最も大事なこと」を空疎にする形で成し遂げられたのでは、長い目で見て社会の歪みとなっていくはずです。現に、日本はいま史上空前の少子高齢化・晩婚化・独身男女の増加といった事態に立ち会っているのです。
 であればこそ。ガンダムAGEがあえてガンダムシリーズに「家族」という論点を持ち込んできたことには、少なからぬ意味があります。
 AGEの脚本は、恐らくはこうした問題意識をかなり明晰に取り込んでいます。それは、世代を重ねるアスノ家と、世代を重ねる事が困難で冷凍睡眠技術で永らえているヴェイガンと、という恐ろしい対比によって、話を追うごとに浮き彫りになっていく問題意識なのです。


 ……さて。少々フライングが過ぎました。この件については、もう少し先になってから、改めて語る機会もあるでしょう。
 どうあれ、こうした射程を秘めて、AGEには「疑似ではない家族」がテーマとして導入されているという事は念頭においておいてください。そう、たとえば



「キオ〜。あなた、メディカルチェックがまだでしょう? ちゃんと受けないとガンダムに乗せてもらえなくなるわよ〜?」
 ユノアがこの回に見せた、こんなセリフと表情は、軍の中で交わされているといった緊張感を持たない、まるで家庭内の会話のような調子でした。現にキオとユノアは親戚関係です。ウットビット、ウェンディと彼女が面倒を見ている子供たちに囲まれて、キオの周りには戦場らしからぬ平穏な空気が流れています。
 AGEというストーリーにとっても、歴代ガンダムという視野で見ても、キオを包むこの空気には、看過できない物語上の意味があります。
 かつてアセム編においてレミ・ルースが憧れ、けれど実現しなかった「家としてのディーヴァ」が、ここに顕現しているからでした。
 何気ないけれど、そうであるからこそ、重要なシーンであるように思えます。


 ただし。
 単に家族描写を穏やかに流して、それで終わるわけではありません。この第32話の後半になって、今まで述べてきた事は一気に暗転します。



 シャナルア・マレンを裏切りの道に引き込んだのは、「家族」である妹の難病だったからです。
 家族の絆の温かさに気を緩めていると、いきなり逆ネジを叩き込まれるわけです。


 平時においてはともかく、戦時において家族を家族として保てるかどうかは、時に大きな試練にもなります。あるいは、悲劇の連鎖となってしまう事もあります。既に挙げたファーストガンダムのミハル・ラトキエの他にも、ランバ・ラルの復讐に走るハモンや、ZZでカツの死にショックを受けて引かれるように戦死するハヤト・コバヤシなど、事例は数えきれないほどあるでしょう。


 いわば第32話は、こうした両面を立て続けに並べるという容赦のないプロットなのですが。しかし筆者私が『ガンダムAGE』という作品を信頼しているのは、正にこうした点があるから、でもあるのです。AGEにおいては、どのような主張や、どのようなメッセージも必ず一度相対化される。反対意見をぶつけて、そのメッセージの強度をシビアに試していく。ガンダムというシリーズが、その始まりから、「敵にも事情や理由がある」事を描く群像劇として立ち上がってきた経緯を考えれば、このような相対化は『ガンダム』の名を冠する作品の屋台骨でもあります。
 AGEがこの点を特に徹底している事は、重要な事です。


 だとすれば、キオ・アスノがこれにどう応えたか、が問題になります。



    ▽再び、キオ・アスノという人物のこと


 ヴェイガンへの内通が発覚しそうになったシャナルアは、制止を振り切ってクランシェで脱走。フリットは諌めますが、キオは「放っておくなんてできない」と言い残してシャナルアを追い、やがて対面します。
 シャナルア脱走前は



「スパイだなんて嘘だよね?」
 と、信じられない様子で声をかけていたキオですが、AGE-3で対面した時の口調は、驚くほど落ち着いたものでした。



「どうしてなんですかシャナルアさん? どうしてヴェイガンのスパイなんか」
 ここでの、キオの口ぶりは余程注意して聞く必要があります。彼は、まったく取り乱していません。また、出撃前のフリットとの会話もきちんと呑み込んでおり、「シャナルアがスパイである事」を今さら疑うようなセリフも言っていない。この短時間に、事実をきちんと受け止めたのでした。その上で、「なぜ」と問う。
 たとえばこれがアセムだったら、同じ状況に置かれればもっと取り乱したはずです。同じセリフでも、もっと強く、詰問するような口調になるでしょう。
 また、もし感情的に詰問してくれたなら、シャナルアも感情的に反発することができたでしょう。しかし、冷静に「なぜ」と問われたために、洗いざらい告白せざるを得なくなる。



「妹に、ちゃんとした治療を受けさせてやりたかった。お金が必要だった……!」


 このようなキオ・アスノの性格、あるいは特性が、これ以降の物語展開にとって非常に重要になっていきます。感情に振り回されず、先入観に縛られずに、事態を把握し、真意を捉えること。フリットともアセムとも違う、キオの取り柄です。
 後にヴェイガンと連邦との戦争すら左右する、こうした洞察力の片鱗をこの時点で見せているわけですが……しかし未熟な部分も当然あります。



「じいちゃんに事情を話して、頼めばきっと許して……」
 セリフの途中で、シャナルアに「子どもが駄々をこねないで!」と遮られています。視聴者諸氏はお分かりかと思いますが、「じいちゃん」ことフリットは、ヴェイガンに通じていた事情を話したところで許してくれる人物とは思えません。それは、



 第28話を思い返せば、明らかです。
 現状、キオはフリットのそういう側面を意識してもいませんし、キオ自身がシャナルアをどうしてやる事も出来ません。そして結局何も出来ないまま、



 目の前でシャナルアを死なせる事になってしまいます。



 『ガンダムSEED』の中で、ラクス・クラインは「思いだけでも、力だけでも駄目なのです」と発言しています。
 キオは、物事を見定めて「思い」を抱くことはできるのですが、それを実現する「力」(これは武力だけではなく、交渉力や政治力まで含めた実行力)はまるで持っていないのでした。
 これは、「思い」(戦う理由)を見失いかけたために苦悩していた父アセムとは正反対の悩みです。
 そして、エンタメ界隈のゼロ年代は、持て余した「思い」をどうするべきか、という問題に惑い続けた時代でもあります。初代ガンダムにもZやZZ、逆襲のシャアにもなく、ガンダムW以降にじわじわと現れてきた、ガンダムシリーズの新しい問題意識でした。


 以降、キオ・アスノの歩みを追いながら、当記事ではこの「新しい問題意識」を追っていきます。
 まずは次回、ロストロウランでの戦闘の顛末を見ていく事にしましょう。



※この記事は、MAZ@BLOGさんの「機動戦士ガンダムAGE台詞集」を使用しています。


『機動戦士ガンダムAGE』各話解説目次