悪い奴ほどよく眠る


悪い奴ほどよく眠る [DVD]

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 黒澤明監督の映画をぼちぼち見ているつながりで、こちら。
 とりあえず最初に思った事は、「三船敏郎、ちょんまげつけてないと誰だか分からねぇ!」ってことでした(失礼
 本当に、映画開始から30分くらい経ったところでようやく気づきましたよ。「あ、え? これ三船敏郎っすか!?」ってw
 そんな感じで見始めたわけですが。


 感想としては、2015年という年にこれを見た私の個人的な感想と、作品そのものの客観的な評価の話と、この二つが完全に分かれたというところで。
 まず個人的な話をすると、おそらく私自身が就活したりその他もろもろで、日本の企業の慣行とか空気感に絶望的に嫌な思い出しかないためか(笑)、どうにも息苦しい心地で見ていたというところで。もちろん企業内の不正に関するドラマだから陽気なはずもないのですが、それを割り引いても、もうネクタイ締めた日本人が出てくるだけでその物語がワクワクする展開を生むはずがない、くらいのネガティブな印象を持っているわけですw
 またそういうごく個人的な心情を脇に置いても、2015年という今の時代の観点から見ると、この物語のような問題提起はあまり有効ではない……というか端的にむしろデメリットの方が大きかろうな、という感じもありました。特にツイッターで広くいろんな声を拾ってると感じるわけですが、ここ五年くらい、陰謀論的な、どんな問題についても特定の「悪い奴」のせいだって言ってしまうという性情が分野を問わずにあふれている気がしていて。そういう中では、この映画で描かれたような「顔の見えない巨悪」イメージはむしろ陰謀論的な想像力を必要以上にブーストしてしまう気がする。けど、それってあまり有効な想像力だとは思えないので。


 以上のようなわけで、私はこの作品のメッセージ性とかテーマとかはかなり限定的に受け止めたのですけれども、しかし作品としてテーマを浮上させる手並み、その巧みさについては率直に感心せざるを得ませんでした。特に、そこで描かれている「日本的な悪」の鮮烈さについては。


 宮崎駿が、『もののけ姫』がアメリカで公開された時に、向こうのインタビュアーにジコ坊の事を聞かれて、「ジコ坊は多くの日本人です。個人的には、とても良い人たちです。組織に入ると、やることは冷酷にやります」と答えているのですが。この作品が描いている「悪い奴」というのは正にこれなんですよね。
 私は以前は、宮崎監督のこの言葉を、「集団になると気が大きくなって悪さをする」くらいの意味に理解していたのですが、この作品を見て大きく印象を変えました。おそらく、特定の組織に帰属して、その組織の一員という名目を手に入れると、なぜか一気に冷酷な面が表に出るのだろうと。
 特にこの作品の岩淵総裁は、総裁として部下とともに陰謀を進めている間は極めて冷酷に振る舞うのですが、自宅では娘たちと一緒にバーベキューとかやってしまう、すごい善人という風に描かれていて。恐らく、それは偽善とか仮の姿とかではなくて、むしろその人物個人としては、本当にそういう善人として暮らしているという事なのだろうと。その同一人物が、総裁という肩書の元に口を開いた途端、とうてい同一人物とは思えない「悪い奴」の顔になってしまう。
 この映画は特に、そういう岩淵総裁役の人の、ゾッとするような日本人的二面性の演技にただただ圧倒されたという感じです。そこまで散々悪人として発言をしてきた人物なのに、自宅でバーベキューしてる姿は、本当に憎めない。だからこそ怖いというか、凄まじいというか。


 そういう徹底ぶりは脚本にもあって、この作品では基本的に、人間的な感情は必ず事態を悪化させるのでした。復讐計画のためだけに沿った妻の佳子を突き放しきれない西の行動も、西と佳子の関係が壊れたままなのは可哀そうだという和田の憐れみも、妹を思うあまり西に猟銃を突きつけてしまう佳子の兄の気持ちも。否、「悪い奴」側の岩淵総裁にしても、自分の娘に結婚相手を世話するという父親としての善意が、彼らの計画にとって獅子身中の虫となる西を招き入れる事になるわけですから、悪事を働く側にとっても人間的な感情を見せる事は必ずマイナスに働いているわけです。
 そうして、悪事をしている当の本人たちである岩淵総裁ですら露見を恐れて睡眠薬を服用するくらい精神を疲弊させており……そのくせ悪事そのもの、不正行為という悪事のシステムそれ自体は盤石を保って安泰であるかのようで。
 結局のところ、非人間的な、「悪事そのもの」だけが作品の中に君臨しているかのようなのでした。


 以上述べたような「日本的な悪」を描くと言う意味で、この作品は極めて鋭い表現になっていると思いました。もうそれこそ、見ていて息苦しいくらいに。
 やはりそういう表現の巧みさという点ではただただ感心するしかないし。とはいえ言ってみればこれ、日本人としての醜悪な自画像を延々見せられているようなものですから、楽しかったかと言われると、うなってしまいます(笑)。


 まぁそんなわけで、なかなか疲れる映画視聴でした。