恐怖の谷

 

 

 引き続きシャーロック・ホームズ

 なおネタバレ注意ですよ。

 

 

 

 ホームズの事件解決の前半から事件関係者の過去が後半をまるっと占めるパターン再び。ホームズの推理が読みたいというだけのモチベーションだと若干テンション下がりますが、しかし後半の方も色々仕掛けや構想が面白くて、良質の中編エンタメをもう一本読んだような感じでこれはこれで楽しい。後半パートの最後もやはり「やられた!」ってなりましたしな。

 あと、謎のバイオレンス秘密結社みたいな要素自体大好きなので、後半パートの秘密結社の描かれ方とか妄想を刺激されてすごいワクワクしながら読みました。うーん、やっぱロマンだな秘密結社。

 

 そして、モリアーティ教授。

 本編にはモリアーティ教授は直接登場しないわけですけれど、それにもかかわらず、最後の最後でこの人物の存在感がぐっと強調される構成になってて、これもうなりました。

 後半の主人公、ジャック・マクマード(実は探偵バーディ・エドワーズ)がその勇猛果敢にして慎重な行動力を見せつけたからこそ、その彼をあっさり暗殺できてしまうモリアーティ一味の不気味さと実力が際立つわけで、本編で登場した人物たちの行動力や知恵のすべてを最後に上回って行くわけですね。そういう構成が上手く決まっていて、これもまた「やられた」となったことでした。

 

 それにしても、ホームズものの読み味って、後々のミステリ小説の傾向から考えるとちょっと変わったところがあって、個人的にはそこが面白いという面が多分にあります。

 後で改めて感想を書きますが、先日読み終えた高山宏『殺す・集める・読む』で指摘されたように19世紀末から20世紀はじめの初期のミステリ興隆期がちょうどフロイトの影響を受けるくらいの時期だったそうで。そのためミステリの傾向自体にわりと、犯人の動機や精神状態にフォーカスした展開がわりと多いような気がしているわけですけど。しかしホームズものを読むと、個人としての犯人の動機に迫っていくような話と同じくらいの頻度で、謎の秘密結社が組織として邪魔なヤツを消していく、それを探偵が見極めて追及していくみたいな展開が出てくるわけですよね。ホームズにはあった、こういう探偵vs組織の暴力みたいな構図はその後のミステリ作品にはあまり継承されていかなかった部分が強いと思うのですが、しかし私がホームズシリーズ読んでてワクワクしたのは実はそういう部分だったりして。もし、そっちの方にその後のミステリの潮流が向かってたら、どういう景色が見られたのかななどと想像するのが楽しかったりしたのでした。

 今からでもそういうの増えないかな、とか思ったりもするわけですけど。