日本霊異記・中巻


日本霊異記(中) 全訳注 (講談社学術文庫)

日本霊異記(中) 全訳注 (講談社学術文庫)


 のんびり読み進めて、ようやく三分の二を消化。


 とりあえず、伝奇関係の文献をあちこち摘まんでると、なんだかんだでしょっちゅう日本霊異記は出てくるわけですが、やっぱりそういう場で引かれる話というのは全体の1割未満で。それ以外に、特記するほどでもない話っていうのが大量にあるわけなのでした。
 けどまぁ、こういうのを地道にチェックしていくのが、多分学問ってやつだ。きっと。


 で。
 まあやっぱり、基本的に仏教説話集なわけです。因果応報、徳を積んだ人は良い目をみて、悪行を行った人はひどい目にあう。
 ただ、そういう部分が強すぎて、いささか読んでて鼻につくのも確かですね。特に、「仏教僧を大事に扱わないと罰があたる」「寺のものを盗むと特にひどい目にあう」とかいう話が頻繁にあるわけですが、要するにこういう話は仏教勢力の権威強化の意味もあったんだろうしね。
 そういうあたり、現代の私ではなく、当時の人たちがどういう感想をもって読んでいたのかというのも気になるんですが。


 ところが、そういう、善人が必ず良い目を見て、悪人が必ず誅されるんですよという、意外性も何もない説話の中に、時たまそういう理屈が通じない、異様な話が混ざる時があって。そうすると、すごく印象に残るというか、引きこまれて読んでしまう。
 この中巻で言えば、やはり三十三縁ですね。鬼啖の話。
 ずっと独り身の、見目麗しい未婚女性がいました。万(よろず)の子という名前。普段は男性から求婚があっても断っていたのですが、豪華な絹の織物などを大量に贈ってくれる男が現れ、彼女はOKします。
 新婚初夜、二人の寝室から「痛きかな」という声が聞こえてくるんですが、両親は「まだ慣れてないから痛むんだろう」と思って放っておいた。ところが翌朝になって寝室に入ってみると、万の子は頭と指数本を残して食われていた、という話です。


 この話で秀逸なのは、他の説話と違って冒頭に、この事件の前に歌われていた童謡が収録されていることです。

 汝をぞ嫁に欲しと誰。菴知の此方の万の子、南无南无や。仙酒も石も、持ちすすり、法申し、山の知識、余しに余しに。


 この事件が起こる前後、童謡の中で「お前を嫁にと、言うのは誰?」と歌われていたというんです。
 これ、怖いよね(笑)。私がこの逸話を初めて知ったのは馬場あき子『鬼の研究』でだったんですが、この話は本気で「怖ぇぇぇぇ!」と思ったです。


 たまにこういう話が混ざってるから油断できないんですよね。
 他には、地獄の獄卒が寿命を迎えた人を迎えに来たんだけれど、あまりの空腹に当の本人に御馳走してもらっちゃって、なんか悪いから「同姓同名の人いない?」とか言い始め、挙句そっちの人を連れて行っちゃった(まあ閻魔様に結局バレて、最後にはちゃんと本人が連れて行かれるんですが)なんてしょーもない話もあって、それも面白かったですが。ちゃんと仕事しろよ、みたいな(笑)。


 でもさ、まあ、まじめで根っからの善人、善人なだけの人物ばっかりよりも、こんな感じの人間臭い奴が出てくる話の方が愛せるよね。私だけかしら。


 そんな感じ。ちょっと疲れたので、下巻に行く前に何か別な本を間に挟もうと思います。さてさて。