機動戦士ガンダムAGE 第31話「戦慄 砂漠の亡霊」

     ▼あらすじ


 ロストロウランへ向かう途中、ディーヴァは砂漠地帯でヴェイガンの襲撃を受け、一時航行不能に陥ってしまう。一方キオは、ロディ・マッドーナを尊敬するウットビット・ガンヘイルに「いい気になるなよ!」と反発され、戸惑う。
 そんな中、ヴェイガンのファントム3による猛攻が開始され、ピンチに陥るAGE-3。追い詰められるが、ようやく完成した新しいウェア「フォートレス」が完成。シャナルアの助言を活かして、キオはどうにかファントム3を撃退する。そして戦場の恐ろしさを知ったウットビットとも和解するのだった。



      ▼見どころ


    ▽新旧作品のオマージュ


 前回、AGEにしては珍しく、目立ったオマージュがあまり見つけられなかったのですが、うってかわってこの第31話は、過剰なくらいに過去ガンダム作品へのオマージュが散見されます。
 この辺りについては、AGEの脚本上の事情が考えられるようです。


 このAGE解説記事ではこれまで、フリット編がファーストガンダムとそれ以前、アセム編がZからガンダムX辺りまで、キオ編以降がゼロ年代ガンダムを元にしていると論じてきました。そして、少なくとも今まで指摘したAGEのオマージュとそのネタ元には、上記の対応関係がおおむね確認できたのではないかと思います。


 しかしこの第31話から第33話まで、初代ガンダムを明らかに意識した展開が続きます。これは恐らく、AGEがアセム編までずっと宇宙を舞台にしていたため、地球上を舞台にしたオマージュを挟む余地が無かったため、キオ編の短い地上エピソードの中にかなり圧縮して詰め込むという方針になったのだろうと思います。
 そんなわけで、くわしく見ていきましょう。


 砂漠を舞台にした戦闘が繰り広げられるこの回、やはり歴代のガンダムでいえば



 ファーストガンダムの対ランバ・ラル戦を思い浮かべたくなるところです。



 ディーヴァが擱座しているこのシーンも、「ランバ・ラル特攻」を思い出させます。
 例によって、AGEのオマージュは複層的で色々な要素が合わさっており、このファントム3の乗機であるゴメルも、



 一般的な人型からは離れた造形をしており。
 また砂の中に潜るといった動きも含め、スタンダードな人型MSとは離れた印象がある事から、どちらかというと



ガンダムSEED』のこちらのイメージの方が強いような気もします。
 ただし、ゴメルが砂漠の砂の中に潜っているという事で言えば、



 グフも砂の中から攻撃したシーンがあったりするんですよね。
 さらに、



 ゴメルはMA形態で砂の中に潜る事ができるわけですが、このMA形態は、



 アビゴルやガルグイユといった、『Vガンダム』のザンスカールの機体に近い。
 この辺りも、とても偶然とは思えません。



 一方、パイロットのファントム3はといえば、



 こちらは分かりやすく、黒い三連星を意識していますね。
デルタアタック」なんていうのも、ネーミングは某白い狼さんとどっこいどっこいですが(笑)、やはり「ジェットストリームアタック」を意識していると思えます。
 ただ、黒い三連星のオマージュといえば『ガンダムSEED Destiny』でもなされた事はご存知の通りですが、AGEの場合は機体や攻撃方法だけ似せるのにとどまらず、



「安らかに眠れ、兄弟……」



「マッシュの魂よ、宇宙に飛んで永遠によろこびの中に漂いたまえ」
 ……といった具合に、戦死したチームの一人を悼むシーンが入る、といったプロット部分にも及んでいる事は指摘しておきたいところです。


 大体上記の通り、目立つのはファーストガンダムへのオマージュなのですが、しかしゼロ年代以降のガンダムオマージュも、決して忘れられていません。
 細かい点としては、



 AGE-3発進シーンのこのカットが、



SEED Destiny』のローエングリン攻略戦での、このカットをちらりと想起させたり。
 そして何よりも、



 シャナルア・マレンを象徴するアイテムとしてケータイが使われているのは、



SEED Destiny』でキーアイテムになった、シンの妹マユのケータイを当然意識しているはずです。
「マユのケータイ」をオマージュ元として強調するなら、シャナルアのケータイも実は遺品だったといった形にする事もできたはずですが、そうしなかったのは、(次の話で明らかになる事ですが)シャナルアにはさらに別作品へのオマージュが重なっているからです。
 この辺り、一人の人物や一機のMSに重ねられたオマージュの多層ぶりは、目まぐるしいばかりです。
 しかしこの回はさらに、AGE全体としては異質な内容でもあり、さらに話がややこしくなっています。何かと言えば。



      ▽大人向け、子供向け


 ガンダムAGEは、レベル5制作で、キャラクターデザインが『イナズマイレブン』などと同じ少年向けの傾向が強く、当初はそういった低年齢向けの分かりやすいストーリーが期待されていました。ところが、ここまで解説記事で指摘してきたように、実際にはかなりテクニカルで複層的なプロットが組まれており、少年向け作品のような分かりやすく爽快なストーリーではなく、そうした落差が放送当時の『ガンダムAGE』の評価を低迷させる理由の一つでした。
 ところがこの第31話は、例外的に少年向け作品そのままのようなシンプルな話になっており。また作中リアリズムにおいても、これまでの、いわゆる「リアルロボットもの」を逸脱した傾向が見えています。



 同年代の少年との対立と和解という話は、非常に少年向けエピソードじみており。



 また、砂に潜るメカや、まして砂嵐を起こしてしまう必殺技じみた攻撃も、これまでのガンダムAGEの兵器と比較して荒唐無稽に見えます。


 こうしたリアリズムのブレは、AGEという作品を特に分かりにくくする要因になっていて、端的に短所の一つとしてあげられる部分であると思います。
 しかしでは、なぜこうなったのか? 単に制作陣の方針のブレや、たまたま脚本を担当した人物の違いがあったからなのか。もしかしたらそういった事情もあったのかも知れませんが、この解説記事においては一貫して、そうした「制作スタッフの内情」とは別な見方を探ってきました。ここでも、AGEという作品のテーマに沿って解釈をすることは、不可能ではないと考えます。


 ガンダムAGEが、歴代ガンダムの流れを取り入れる事を基本スタンスとしていたと考えた時、改めて振り返るべきなのは――「歴代ガンダム」の作中リアリズムの推移は、決して平坦なものではなかったという事です。
 具体的に言えば、いわゆる「リアルロボット」、つまりMSという人型メカを、量産された軍事兵器として極力リアルに描こうという方向性が徹底されていたのは『逆襲のシャア』、あるいは『ガンダムF91』までであって、OVA作品ではその後もリアル路線が追求されましたが、テレビシリーズの流れで見れば、その後はかなり「軍事兵器としてのリアルさ」からは遠ざかる方向に調整されていったと見る事ができます。
『Vガンダム』においては、ドッゴーラやゲドラフのような奇想天外なメカが登場してきていますし、『Gガンダム』は言わずもがな、『ガンダムW』も死神姿のガンダムをはじめMSのキャラクター化が進んだ事で量産・軍事兵器としてのMSというイメージはかなり後退しています。
 これは、「21世紀のファーストガンダム」を標榜した『ガンダムSEED』においても変わりません。レイダーガンダムカラミティガンダムなどなど、登場するガンダムは無機質な兵器というよりは、そのデザイン自体がキャラクターとして主張されるタイプのものでした。
 また、作中でのリアリズムも宇宙世紀のそれに比べるとかなり変容していました。『ガンダムW』もそうですが、バリュートウェイブライダーなどの特殊な装備なしに大気圏突入をする機体がちらほらあったりしますし。


 これも一例ですけれども。ある程度のガンダムフリークの方ならご存知でしょうが、MSVにジャブロー攻略用の機体としてアッグというMSがありました。腕部に大きなドリルを装備した機体です。しかし『空想科学読本』以来よく知られた事ですが、あのようなドリルを持ったマシンが単独で地中を掘り進む事はできません。そうであるからこそ、アッグは映像作品に登場する機会を未だに持っていないわけです。それが宇宙世紀のリアリズムなのですが。
 しかし一方、『ガンダムSEED Destiny』においては、



 地中を掘り進むMSが、本編に登場してしまいます。
 このAGE第31話に登場するゴメルが、砂の中を掘り進んで見せるように。


 ある一定時期以降、ファンが高年齢化しつつあったガンダムに若年層を引き入れるべく、歴代ガンダム作品の作中リアリズムの度合いはこのように変化してきたわけです。それを反映して、フリット編で起こったのと逆のリアリズム推移、つまり「少年向け作品的なリアリズムへの回帰」がキオ編において起こったと見る事は、あながち間違いでもないように思います。
 AGEというシリーズにおいても、ミリタリー的なリアリズム描写に最も力が入れられていたのはアセム編で、その前後には(キャラクターデザインに見合った)少年向けロボットアニメ的なリアリズムへの傾斜が見られます。
 AGEはやはり、こうした作品の歴史、アニメの歴史の推移をも密かになぞっているのではないかと思います。



 ……と、きれいに話が締めくくれれば話はまだ早いのですが。
 そのように少年向けらしいエピソードを見せる傍らで、この回は先々の展開のための伏線もテクニカルに張り巡らせてあったりするので、話がさらにややこしい事になっています(笑)。


 一つは、シャナルアに関する一連の描写です。特に彼女の過去がセリックの口から語られているのは、次話の展開を準備しています。



「シャナルアはあまり自分のことは語らないが、戦争で親を亡くし、妹も難病で苦しんでいるらしい」
 既に視聴済みの方は、これがどういう伏線なのかは把握されているかと思います。
 これを、少年向けエンタメ的エピソードが極まった31話に入れ込んでくる、AGEの圧縮された脚本は、良くも悪くも、単一の感興を味わっただけで済まない複層性を見せているのでした。
 また、



「まったく、ヴェイガンはたいしたものですね。ここまで地球環境に適合した兵器を実用化してしまうとは……」
「感心している場合か」
「いや失敬。しかしこれは実に興味深いですよ。どうして連邦より強力なモビルスーツを所持することができたのか、なぜ『見えざる傘』に代表されるようなテクノロジーを持つことができたのか」


 この事もまた、これまでに薄々と(たとえば第25話で、鹵獲されたヴェイガンMSの技術力にディケが驚嘆しているシーンなどに)示されていた疑問ですが、明言する形で問題提起されたのは初めての事です。これが、今後の物語展開に大きな位置を占めるとある事実の伏線となります。


 さらに、前々話でくどくどと述べた、現代戦争とAGEキオ編との対応関係についてですが、この回にヴェイガン側の兵器としてですが、無人機が登場している事を一応付け加えておきます。
 これらは、『ガンダム00』のオートマトンのような露骨に凄惨な描かれ方はしていませんが、これだけ長いガンダムの歴史において「無人攻撃兵器」の数は驚くほど少なく、AGEのタイトな物語展開の中に無人兵器が登場する事には、作品意図を見出すに足る意味があると考えられます。


 ……というように。AGEという作品は全体的に、脚本の隙あれば伏線やオマージュや複層的なテーマを仕込んできている側面が強く、結果として一面で作品全体を煩瑣にしている面はあります。
 この点を短所と見るのであれば、その通りだと肯定するよりないでしょう。シンプルに熱くなれる話ではないという事は、どのように言葉で繕っても、否定できないところです。
 しかし逆に、作品論的に解釈を加えながら、深く読み解こうとしていくと、汲めども尽きぬ泉のように様々な見方が、発見が、歴代ガンダムへの鋭い洞察が見つけられるというのが、AGEと言う作品の反面での長所でもあります。
 視聴者として楽しめるか楽しめないかが、見る側のスタンスに強く委ねられている、そんな作品であるように思います。
 そして、筆者はこの記事を一貫して、どうせ見るなら楽しんで見てもらいたいと願いながら、視聴者の(あるいは視聴者だった方々の)前に提示しているつもりです。


 さて、もう一つ。


      ▽キオ・アスノという人物のこと


 この回は、一見その真意がつかみにくいキオ・アスノという少年の一面が垣間見えるという意味でも、印象的な回です。具体的には、ウットビットに対抗心、苛立ちをぶつけられた時です。



「何がアスノ家だ。じいちゃんが連邦軍の元総司令で、ガンダムに乗れてるからってチヤホヤされやがって! ロディさんはなぁ! マッドーナ工房ってすごいファクトリーの跡取り息子なのに、それでも軍に志願して、一兵卒から整備士長にまでなった人なんだぞお!」
「お前とは、覚悟も志も全然違う!お前なんかが気軽にしゃべっていい人じゃないんだ!わかったかっ!!」


 これに対して、キオは以下のように応えています。まず先にセリフ部分だけ取り出してみましょう。


「そうか、君はロディさんのことを尊敬しているんだね」
「ぼくもじいちゃんのことを尊敬してるんだ。本当にすごい人なんだよ。そうだ、ウットビット君もじいちゃんと話してみるといいよ」


 このセリフ、一見したところでは、キオがまるでウットビットの苛立ちを理解できずに、八方美人的な優しさを見せた場面のように見えます。実際、この後ウットビットに突き倒され、驚いたような表情をしているため、さらっと表面的に見ただけでは、キオについて「優しいけれど鈍感な人」というイメージを持ってしまいそうです。
 しかし。上記のセリフを言った時の、キオの表情を見てみましょう。



 どうでしょうか。
 ここで浮かんでいる表情は、ただウットビットをなだめようとしている愛想笑いではありません。これは、ウットビットの敵意を正面から受けて立っている表情のように見えます。
 つまり、ウットビットがそうであるように、自分もフリットという人物を尊敬してついて行っているだけであり、君と変わらない、いい気になっているわけでもない、と正面から言い返しているのでした。


 もし、ここでウットビットのような苛立ちを、『ガンダムSEED』の登場人物たちがぶつけられていたら、どうでしょうか。おそらく、




 こんな表情をするんじゃないでしょうか。


 こうして考えてみると、キオ・アスノという人は、意外に芯の強い人物として描かれている事に気づきます。
 この後、ウットビットと物別れに終わったことで、シャナルアとの訓練中に



 こんな表情を見せますが。
 慰めようとしたシャナルアに、キオはあっけらかんと



「あ、あんた、落ち込んでたんじゃないの?」
「いえ、考え事をしてただけで」
 などと応えています。
 彼には、ウットビットの言動の原因がうまく思い当たらないという困惑はありますが、キオ自身が誤解された事に対する憂いや落胆は、あまり感じてないようです。


 感情を露骨にぶつけてきたウットビットに対して、狼狽もせず、感情的な反応も見せず、結果的に彼の信頼を得ることができたキオという人物には、祖父フリットや、父アセムとは違った芯の強さ、意気の強さが見いだせるように思います。一見すると弱々しい優しさだけが印象に残りがちなキオの、意外な一面です。


(余談になりますが。私が好きな論語の言葉に、「子曰わく、知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼(おそ)れず」というのがあります。ヴェイガン打倒に迷いを持たずガンダム開発を成し遂げたフリット、迷いながらも己より強いゼハートやXラウンダーを恐れず果敢に挑んだアセムに対して、キオには「憂えない強さ」を感じます。見落とされがちですが、こうした「仁者」の強さというのも、非常に重要なのだと思います。あるいは……現代において一番重要なのは、キオのような強さかも知れない、とも)


 このようなキオですが、しかし次話において、大きな試練と対面させられる事になります。次回、その辺りをまたじっくりと考えてみたいと思います。
 相変わらずのスローペースではありますが、引き続きお付き合いいただければ。



※この記事は、MAZ@BLOGさんの「機動戦士ガンダムAGE台詞集」を使用しています。


『機動戦士ガンダムAGE』各話解説目次